第5話 凶兆の群れ
アセロンは厩舎にいる竜の鼻に手を当てた。
「久しぶりだな、シルヴィス」
その白銀の竜の正体は、“アルビオン・ドラゴン”という種族のドラゴンである「シルヴィス」だ。
シルヴィスが幼竜だった頃にアレリウスと出会い、共に成長してきた。そのため、シルヴィスとはアレリウスにとって、もう一人の家族のような存在だ。アレリウスやリオラと共に狩りに行ったり、村での作業を手伝ったりなど、三人の間だけではなく村の一員として日々を過ごしている。
そしてアルビオン・ドラゴンとは、その白銀に輝く鱗や甲殻が特徴のとても希少な種族だ。希少も希少であり、目撃情報が片手で数えられるほどしか報告されておらず、生態の殆どが謎に包まれていた。ノルス村で発見されるまでは。
今のシルヴィスは厩舎にいるものの、普段は村の付近を飛び回っているため、厩舎には基本はいない。それでも今回は、アセロンが来たからなのか厩舎にいるのだ。
「ありがとうな。お前が来てくれるなんて思わなかったよ」
そう言いながらアセロンがシルヴィスの喉を撫でると、シルヴィスは小さく唸った。
するとアレリウスが突然言った。
「アセロン、俺はもうお前に同行するつもりはない。だが、こちらの方でも少し調べるぐらいは協力させてくれ」
「・・・別にそれぐらいならいいさ」
アセロンは少し躊躇ったかのように言った。
「ありがとう。何か分かったら、こちらから連絡する」
アレリウスは内心、ホッとしていた。
―――――――
その夜、アセロン達はお決まりの居酒屋に来ていた。
「折角なんだからもっと飲めよぉ!どうせ明後日ぐらいには行っちまうんだろぉ!?だったらいいだろぉ!」
アレリウスはベロベロに酔っ払い、アセロンにだる絡みをし始めた。しかし、アレリウスがそうするのはいつものことであり、リオラは止めようとしなかった。
「なんとかしてくれよリオラ」
アセロンは自分の肩に馴れ馴れしく腕を掛けてくるアレリウスに嫌気がさし、リオラに助けを求めた。
「久しぶりに会った上に、もう会えなくなるんですよ?今日ぐらいはいいじゃないですか」
リオラに収めるつもりは、全く無かった。
長期に渡る大変な依頼を終えてアセロンが重症を負った知らせを受けた直後、そのアセロンが変わり果てた姿で自分の元へ訪れた。しかもアセロンはどこから湧いてきたのか分からない復讐を掲げて、旅を始めると言った。
このいつもなら止めるような光景をもう見ることが出来ないかもしれない、そう思うとこの光景に何だか儚く、手放したくないような寂しさを覚えた。そのため、止める気など全く湧かなかった。
そんなこんなで楽しくも儚い一時を堪能している所に突然、扉の開く音が響いた。
「アレリウスさん!リオラさん!大変です!」
村の住民が息を切らしながらそう言った。その人は激しい焦燥感に駆られており、一刻も早く何かを伝えようとしていることが一目で分かった。
そしてアレリウスは酔いが覚めたのか、突然落ち着いた様子で聞いた。
「息を整えて落ち着いてから言ってくれ。もしかして、モンスター関係か?」
アレリウスの予想は的中した。それも、今考え得る最悪のケースで。
「モンスターの群れが村の近くまで接近してきているんです!あと30分もすれば到着してしまいます!」
その人が言うには、群れを形成して行動するモンスターである「グリモリング」が膨大な群れを形成して接近してきているそうだ。
グリモリングとは、二足歩行で複数の触手を持ち、頭部にある複数の赤い眼球が特徴的なモンスターだ。通常はリーダー格の個体を中心に、10~20頭の群れを形成するが、今回の群れは40頭以上は居るという明らかに異常な群れだった。
しかし、その群れが起きた理由原因を考えている暇などなく、アレリウスとリオラは急いで準備に取りかかった。
「クソッ!!あと30分とかやばすぎだろ!!
アレリウスは楽しい一時を邪魔され、苛つきを隠せなかった。
「仕方ありません!私達が行くしか無いんですから!」
同じく苛つきと焦りを隠せないリオラ。
「すまないがアセロン、君も一緒に――」
「分かってる。俺も手伝う」とアセロンは言い、準備を終わらせた。
こうして三人は最低限の準備を整え、急いで現場へと向かった。
――――――
三人が群れに向かって大急ぎで走り、そしてその群れと対峙した。
報告の通り、その群れは40頭以上おり、ざっと数えると50頭はいた。そしてその群れは普通のリーダー格に率いられているのではなく、明らかに普通ではないグリモリングを中心に進んでいた。
そのグリモリングは普通のリーダー格より一回りどころか二回り大きく、アセロンやアレリウスのような長身の男の2~3倍程の大きさがあった。そして二本足ではなく不自然に生えた四本足に、過度なまでに発達した大顎を持っている。その見た目の異質さは、誰の目にも明らかだった。
「なんだよあのリーダー格っぽいやつ・・・。あいつが群れを成していると考えていいのか?」
困惑しているアレリウスのすぐ横で、アセロンはあることに気づいていた。その異常なリーダー格が、以前アセロンが出会った異形のモンスター(ノク)に似ていたからだ。その整合性のとれていない異質で不気味名見た目に、理性の欠片の無いような挙動には、ノクも反応していた。
『気をつけろアセロン。あの個体からは私と同じような匂いがする』
『あぁ、そんな気はしていた・・・アレリウス、あれは俺が言った異形と同じ類いかもしれない」
「なるほど・・・、こんなにすぐお目にかかれるとは因果なものだなあ」
目の前には噂の異形のモンスターが立っている、その事が分かってもアレリウスの表情には不安や恐怖を感じさせるものが無く、頼もしさをアセロンは感じた。
「作戦を練っているような暇はありません。速戦即決でいきましょう」
リオラの言葉を皮切りに、三人はその群れの横へ突撃していった。
こんな強引な方法をとれるのは、この三人がフォルガーであることが何よりの証明だ。
三人は各々の武器の長所を活かしながら群れを次々と減らしていく。アセロンはその大剣を片腕でも振り回し、片腕のハンデを全く感じさせなかった。
リオラの装備は至ってシンプルであり、彼女は寒冷地で着れるようにコートのような見た目をした白く軽い鎧を装備している。そして武器は、兄にあわせて片手で扱える剣を使用している。
そんな兄の装備は全く別のものだ。巨大なランスを持ち、上半身よりも下半身の方がより強固になっている鎧を纏っている。そして、その背中にはモンスターの腕を加工して神経に接続し、自在に動かせる第三、第四の腕を二本繋げている。
だがこの腕の開発は全く進んでおらず、直に神経接続するため適応できなれば手術した箇所が動かせなくなり壊死するなどの重い後遺症が残ってしまう場合がある。そのため適合者は世界にほんの数人しかいない。そしてアレリウスは、そのアームに適合することができた数少ない人間なのだ。
「群れを分断しましょう!」
リオラがそう言うと三人は別れ、それぞれモンスターを引きつけて群れを分断した。彼女が別れようと判断した理由は、アセロンの戦い方にある。
アセロンは片腕になってからというものの、大剣をいつも以上に大きく振り回すようにして戦っている。再び体を鍛え直したとはいえ、片腕になるだけで細かな動作に粗が生じるようになってしまう。
そのため三人で固まって戦うよりも、一人になった方が幾分か戦いやすくなると判断したのだ。
グリモリングの一頭一頭は比較的弱く、上位のハンターやフォルガーなら簡単に狩ることができる。そのためこの三人のようなフォルガーには、例え50頭以上いても煩わしさを与えることしかできない。そのため、別れるというのはアセロンの戦い方以外にも理にかなった理由がある。しかし、相手にしているのは“群れ”だ。
群れのグリモリングがアセロンとリオラの方向へ行き、アレリウスの前には異形のグリモリングだけが立っていた。
「こんなキレイに群れが分断されるとは・・・、違和感を覚える程だな」
そしてアレリウスはグリモリングの動向を観察する中で、群れは異形によって率いられているが、何かによって追いやられてやってきたのではないかという嫌な考察を巡らせていた。
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