第4話 響く声
アセロンは息苦しさを感じる朝を迎えた。冷え切った体が、重く鈍い。朝の光が差し込むが、それがかえって目に痛い。温かい布団から出るも、頭の中はぼんやりと霧がかかったままだ。
そして、謎の声がアセロンの頭の中に響いた。
『よく寝れたか?』
「あぁ、そうだな・・・」
彼は頭の中に謎の声が響いたが、動じることは無かった。
その訳は、かつて彼に起きた謎の出来事がきっかけだった。
――――――
およそ一ヶ月前
アセロンが意識を取り戻し、ルーカスの死を知った後のこと。アセロンが自室で項垂れていると、突然謎の声が彼の頭の中に響いた。
『・・・おい』
「・・・・!?」
アセロンは目を大きく見開いた。気のせいかと思ったが、気のせいにしてははっきりと聞こえていた。
『気のせいではない。私・・・、この声の主は貴様の中に存在しているのだ』謎の声の主は言った。
「・・・幻聴だこんなの。幻聴に決まってる!」
大量に出る冷や汗と共に、アセロンは自分を落ち着かせる為の言葉を言い聞かせる。しかし、声はそんな彼を無視して次々に語りかけてくる。
『幻聴ではない。ホラ、言いたいことを思い浮かべてみるがいい』
アセロンは戸惑いつつも、自分の言いたいことを思い浮かべ、頭の中で声に出すイメージをする。
『・・・・・・こうか?』と思い浮かべた。
『よく出来ているぞ』謎の声はそう返した。
頭の中で言いたいことを纏めて声に出すイメージをすると、会話をすることが出来るらしい。しかし、会話ができることでより一層、彼の中にある疑問は大きくなっていった。
『お前は・・・、お前は何なんだ?勝手に人の頭の中に入ってきて、どういうつもりだ!?』
アセロンは正気では無かった。自らの容姿の変貌、相棒の死、と立て続けに不幸が降りかかった挙句、さらには出所不明の謎の声が頭の中に突然響いたのだ。正気を保てる方がおかしい。
そして謎の声は語り出した。
『説明すると長くなるのだが・・・まぁよい。私は貴様に殺された者・・・貴様達流で言うと、“あのモンスター”だ』
“あのモンスター”とは、アセロン達が謎の女と接敵する直前に討伐した、異形のモンスターのことだ。
続けてこう言った。
『どうして入ってきたのかは・・・端的に言えば、私が貴様を私自身の意思で生き返らせたからだ』
アセロンは謎の声が何を言っているのか理解できなかった。どうしてモンスターが自分を生き返らせたのか、どうやって生き返らせたのか、生き返ったとしても何故そのモンスターの声が自分の頭の中で響いているのか、そもそもモンスターが言葉を話せているのはどうしてか。話せば話すほど、新たな疑問が浮かんでくる。
しかし、謎の声こと異形のモンスターは説明を続けた。
『先ずは生き返らせた動機からだな。・・・何故かというと、私もあの女に恨みがあるからだ。私はかつて、誇り高き竜だった。しかしあの女に狩られ、その後私は何者かによって改造を施された。そしてあのような醜悪な見た目になってしまったのだ』
謎の声は淡々と語っていった。その改造とは、他のモンスターと自分を無理矢理繋ぎ合わせるという無茶な改造だったそうだ。このことを何故覚えていたのかは分からなかった。
『他のモンスターの肉体を無理矢理繋げる改造の影響なのか、私は自分がモンスターだったということしか覚えていないのだ。生前は何をしていたのか、なんというモンスターなのか、そもそも私という人格はモンスターだった頃の私なのか、奴らが一体何者なのかも覚えてない上、分からないのだ』
謎の声は自分に何があったのかや、アセロンと同じ恨みで動いていたということを教えた。
『ならば、俺をどうやって生き返らせたんだ?』とアセロンは前より多少落ち着いた声で尋ねた。
『私は死ぬ直前に、貴様に私の血液を大量に浴びせた。その血液が貴様の心臓と融合し、全身の失われた機能を再生させたことで貴様は生き返ったのだ』
なんと、異形のモンスターがアセロンに血を浴びせただけで生き返らせたと言うのだ。異形の血液に神秘的な力が込められているのか、アセロンには到底理解できなかった。
『それ故に、貴様の身体機能の維持は、貴様の中に入った私が行っている。貴様に血液を浴びせるという行為は咄嗟に思いついただけだ』
『咄嗟にって・・・、記憶がない分それが奴らに関係しているのか・・・?』
『すまないがそれも分からん。だが、その可能性は高い』
『そうか・・・。なら、俺の体をお前が保っているというのが本当なら、俺は生き返ったのではなくお前に生かされている、みたいなものなのか・・・?』
アセロンは狼狽えたように言った。
『言ってしまえばそうだ。貴様の了承さえあれば、意識を乗っ取ることだってできる。だが今考えて、動いて、話しているのは紛れもなくお前自身だ』
『・・・それで、意識が俺の中にある理由は分からないのか?』
『ああ、それも分からない』
謎の声はまた“分からない”言った。まるで情報になっていない。
そして、最後にこう言った。
『貴様も私も、あの女を恨んでいる。私が貴様の生命活動を維持してやる代わりに、私の分の恨みも晴らしてくれないか?・・・聞くまでも無いか』
『元からあの女は殺したかった所だ・・・。だが一つ引っかかることがある。あの女に恨みがあるのなら、何故俺達を攻撃したんだ?』
アセロンは何故自分達に襲いかかったのか、そして何故自分を殺したのかを聞いた。
『人格改変だ。記憶が残っているだけで、その時の私は自分の意思で行動していない。驚異的な生命力と人格改変を施されるのは中々気持ち悪いものだ』
こうしてアセロンは生き返り、謎の声が住み着き始めた。
――――――
元の時刻に戻る。
『最近判明したことなのだが・・・』
謎の声がアセロンの体についての事を報告しようとする。しかし、アセロンは寝起きだ。
「今はいい、朝に考え事はしたくないんだ」
『そうか。だが、気持ちは分かるぞ』と謎の声は理解した。
「(モンスターなのに分かるのか・・・)あ、そういえば名前とか聞いてなかったな。もしや、モンスターだから無かったりするのか?無いなら考えるぞ」
そうだ、アセロンの中での“謎の声”は、まだ“謎の声”のままだったのだ。
そして困ったように謎の声は言った。
『私は生前の記憶が殆ど無いと言っただろう。無いに決まってい・・・!“ノク”とでも呼んでくれ』
謎の声改め“ノク”は、何かを閃いたかのように言った。
「何か思い出したんだな?ならそう呼ばせてもらうぞ、ノク」
そうして謎の声はノクという名前を得た。しかし、それはかつての名前なのか記憶が混濁したために出てきた単語なのか分からない。それでも、ノクにはこの単語に身に覚えがあるそうだ。
そうして瞬間、後ろの扉が開いた。
「お~い、起きたならさっさと来いよ」
アレリウスが起こしに来たのだ。
こうしてアセロンは久しぶりにノルス村での朝を迎えた。
――――――
アセロンは身支度を終えた後、リオラと共に村を巡っていた。
このノルス村は、昔から何も変わらない。村人達はアセロンの変わり果てた風貌に驚いてはいたものの、いままでと変わらない態度で接してくれたことに、彼は温かみを感じた。
アセロンとの再会が数ヶ月ぶりということもあり、リオラは積極的に彼と触れあおうとした。馴れ初めを振り返ったり、村の懐かしい売り場を巡ったり、知り合いの元を訪ねたりなどを1日で行った。
しかし、復讐を決意しているアセロンとの間には、何か壁があるように感じた。それでも彼女にとっては有意義な時間だった。
二人は村のほとんどを巡り、アレリウスの居る厩舎へと向かった。そこにいるアレリウスは何か手綱を引いているように見え、その先を見ると・・・
なんと、そこには白銀に輝く竜の姿があった。
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