本編
第1話 記念日の再会
ここは人間とモンスターが共存する世界。
人々の暮らす村や町の周辺には、大小様々なモンスターが息づいている。その姿かたちは荒々しく、時には人々を怯えさせるものもいるが、同時に多くの人々にとって不可欠な存在でもあった。
モンスターの肉や皮、時には血や骨までもが、人間の生活を支えている。
狩りを生業とする者たち――「ハンター」と呼ばれる者たちは、狩り場へ赴き、命を懸けてモンスターを狩ることで生活を立てている。彼らは村や町の守り手であり、同時に収入源でもある。モンスターとの共存は決して平穏なものではないが、古くから続くこの世界の理だ。
人類もまた、モンスターを恐れながらもある種の畏敬の念を抱いている。モンスターの存在がなければ、自分たちの暮らしは立ち行かない。しかし、殆どのモンスターは自分達に害をもたらしてしまう。それゆえに、人とモンスターの間には奇妙なバランスが成り立っている。
そんな世界のとある村では、慰霊をする記念日「霊祭」が行われていた。
その村とは「ルナレア村」。温帯とも亜寒帯ともとれる微妙な涼しさが特徴だ。村の規模は小さく、都市からははずれた場所に位置するため、そういった庇護は受けていない。温帯とも亜寒帯ともとれる微妙な涼しさが特徴だ。
そんなルナレア村に、アセロンという男がいた。
――――――
アセロンはルナレア村で行われる慰霊祭に合わせ、久しぶりに故郷へと戻ってきていた。夕暮れの空に、村の祭りの準備をする人々の姿が映える中、彼は幼馴染みたちと共に並んで立ち、懐かしい村の景色を眺めていた。
彼らは“ハンター”だ。しかし、全員ただの狩人ではない。モンスターと人間の共存が揺らぐ中で、人々の守護者として圧倒的な力を誇る「フォルガー」と呼ばれる精鋭のハンターたちだった。しかもそのフォルガー中でも特に腕が立つ彼らは、村の誇りであり、頼りでもある。
「やっぱり、皆とじゃないと落ち着かないな」
アセロンの隣でシリウスが穏やかに笑みを浮かべた。彼はハンターとして冷静で判断力に優れ、堅実な物腰が仲間を支えるリーダー的な存在だ。その真面目な性格は村の人々からも信頼され、フォルガーの一人として活動し続けている。
「ほんと、みんなが揃うとなんだか安心するよね」
少し後ろから優しく微笑むのはレオだ。彼は五人の中でも特に優しく、柔らかな心を持つ青年で、戦闘時にも仲間のサポートに回ることが多い。ハンターとしての腕も確かだが、その穏やかな人柄が周囲に与える安らぎこそが彼の強みだ。
「そりゃあみんな揃ってないと、心配になるわよね。でも、集まってくれて良かったわ」
そして、腕を組みながら言ったのはミラ。19歳にして才気あふれる彼女は、幼少期から男たちに囲まれて育ったこともあり、気が強い。その性格は戦闘スタイルにもよく表れており、自身の身体能力に任せて戦う姿勢が特徴的だ。彼女もまた、フォルガーの名に恥じない狩猟技術を持つ若き天才である。
彼女は19歳という若さ故に、レオと共に行動している。基本レオはミラのストッパ-的存在であり、まだ誰かが付いていないといけないという幼さが拭えないのがネック。
「それでも、油断は禁物だ。フォルガーとしての誇りがあるなら、いつ何が起こっても対処できる準備が必要だ」
冷静な視線で皆に語るのは、知略に長けたルーカスだ。五人の中では冷静で、特にフォルガーの中でも状況分析や戦略立案に優れたルーカスは、その爽やかな雰囲気からも冷静さと信頼を感じさせる。
だが、フォルガーとは未知のモンスターとも戦わされる立場。彼の戦略が役に立つ機会があまりないため、戦略立案の部分がおろそかになってきている。
彼はアセロンと共に行動しており、フォルガーという立場から様々な地へと派遣されることがよくある。そのため、霊祭という名目を得てアセロンと共に休暇を得た上でこの場に居る。
「さぁ、そろそろ祭りが始まるぜ。行こう」
そう言って先導するのはアセロン。この5人の中では一番腕っ節がある。腕力、脚力、持久力に敏捷性・・・身体能力だけで言ったら、人間を超越していると言っても過言では無い程に、強靱な肉体を持っている。それこそ頭脳派のルーカスと行動して初めて完璧になるといえる。
五人の「フォルガー」は揃って村の中心へと歩き出した。その背中には、村と仲間を守る覚悟と、ハンターとしての誇りが確かに刻まれていた。
――――――
「はぁ~」
5人は霊祭が一通り終わった後、村の居酒屋に訪れていた。ここは霊祭終了直後ということもあり、大いに賑わっている。この高揚感を味わうことが出来るのは故郷ならではだ。
しかし、そんな中でアセロンはため息をついている。
「さっきからそんなテンションでいるの止めてくれない?あんたが休暇の申請を忘れたのが悪いんでしょ?」
思わずミラがそう反応した。
「仕方ねぇだろ。こんなゆっくり出来る日に依頼が来てんだぞ?」
そうだ。ルナレア村にいる“休暇の申請を忘れた”アセロンあてで依頼が届いたのだ。
肝心の依頼内容はというと・・・
~ルナレア村周辺に謎のモンスターが現れたため、調査・討伐に当たられよ~
彼がフォルガーで、しかも休暇ではないというだけで強引に押しつけられたそうだ。
「そう文句言うなよ。折角ルーカスもついて行ってくれるんだし」
シリウスが呆れたように言った。彼は手に持った酒を一口飲んで、ルーカスに視線を送った。
「そうだぞアセロン。いい歳して情けないぞ」
ルーカスは水を飲みながら追い打ちをかけた。
「アセロンなら速攻で終わらせられるでしょ?それからまた遊べばいいじゃん?」
レオは僅かにミラの方をチラチラ見ながら酒を飲んでいる。彼は確かに感じ取っていた、嫌な予感を。
「わーってるよ。でも何でこんなにピンポイントで来るのかね・・・明らかに狙っているとしか思えねえ。クソ気分悪りぃ・・・」
アセロンは頭を掻きながら水を一気飲みした。
何故水なのかというと、アセロンとルーカスはこの後すぐ依頼に出る必要があるため、酒を飲めない。そのため余計気分が悪かった。
「あーもう!さっさと終わらせれば済む話じゃない!あと周りも気分悪くなるから、もう黙っててくれない!?」
ミラがキレてしまった。
その瞬間ルーカス、シリウス、レオの三人は察知した。喧嘩が始まると。この二人は気が短く、よく揉めることがあった。
「確かに今の発言は良くなかったな。・・・だが、てめえも短気ですぐに強い言葉使う癖をさっさと直したらどうだあ~?ピアスを開けてもまだまだガキだなぁ~」
「この――」
「ハイ、ストップ!ミラ落ち着いて!アセロンも大人げないよ!!」
堪らずレオが割って入った。彼はミラのストッパー、それゆえにいつもこのような役目ばかりだ。
「大丈夫だよミラ、そのピアスすっごい似合ってるから!」
これでもこの5人は仲が良い。アセロンとミラはよく揉めているが、昔ながらの仲であるが故にその人物の長所短所をよく知っている。それを理解した上で喧嘩をしている。他の三人からしたら堪ったものでは無いが、こんな関係が十何年も続いているため多少は慣れている。
――――――
アセロンは狩りに出る前に、とある場所を訪れていた。
その場所とは、父親の墓だ。
「父さん・・・久しぶりだな」
彼は墓の前に立ち、それを見下ろしている。幼い頃の、父と過ごした思い出に耽りながら。
最近はフォルガーとしての派遣が多く、村の外で過ごす時間が多かった。そのため墓参りは、実に数年ぶりとなっている。
すると、横からルーカスが彼に花束を手渡してきた。
「おい、これを忘れてるぞ」
「・・・あ、忘れてた!ありがとな」
「思い出に耽るのはいいが、やることはやっておけよ?」
そしてルーカスから花束を受け取り、アセロンはそれをお墓に供えた。アセロンは今度はしゃがみ、食べ物を供えた。
無音の時間が流れる中、アセロンが口を開いた。
「あれからどれくらいの時間が経った?」
「そうだな・・・大体、18年ぐらいだったか?」
「もうそんなに経つのか・・・」
アセロンの父親はハンターであり、このルナレア村を護っていた。だがしかし、アセロンが6歳の頃、モンスターから村を護って父は戦死した。そしてアセロンはこの出来事の直後、父のような村を護るハンターになろうと、志し始めた。
アセロンがハンターを志し始めた時は、彼の身内だけに留まらず、ルーカスとシリウスまで反対していた。アセロンとは違って他の人達は分かっていた。ハンターという職は、村を外敵(モンスター)から護るという夢があるならこれほど適した職は、他に少ない。しかし、同時に死のリスクが大きく伴う。
皆は、このことを危惧していたため最初の頃は反対していた。
「俺がハンターになってここまで来れたのも、お前達のおかげだよ。ありがとな」
「正直、俺もシリウスも驚いてるよ。アセロンだけじゃ無く、俺達二人もハンターどころかフォルガーにまでなれたなんて」
アセロンは全員の反対を押し切り、ハンターになった。でも、心配だという理由だけでルーカスはアセロンに着いていき、同じくハンターになった。
そして二人がハンターとして活躍していく内に、シリウスやレオ、ミラといった幼馴染み達もハンターを目指し始めた。
「全員ハンターで、かつフォルガー・・・。こんなに珍しいこと無いだろう」
「生きてたら、面白いこともあるってもんだ」
アセロンには、例えどんな立場に立たされても諦めない意思があった。夢を反対されても諦めずに押し通し、ハンターになったら村のためにと必死に勤め、村が窮地に陥ったら迷わずに先陣を切る。
この意思が、次第に皆を引きつけ、同じ道へと導いていったのかもしれない。
そしてアセロンは立ち上がり、別れを告げて歩き出した。
「俺はなれたよ。父さんみたいなハンターに」
――――――
そしてアセロンとルーカスは依頼に行く準備を終え、村の出入り口に立っていた。
「よし、準備完了」ルーカスは背中に剣を携え、準備万端といった表情を浮かべている。
「謎のモンスターだ、くれぐれも無理はしないように」シリウスが柔らかな表情を浮かべて、二人を見送っている。
「飲み足りないからさっさと終わらせてよね?」ミラは少し不満げに腕を組んでいるが、不機嫌さは感じられない。
「大丈夫、気長に待ってるよ。二人なら大丈夫!」レオは笑顔で激励しており、暖かな雰囲気がある。
「おう。じゃあいつもの・・・」アセロンは背中に大剣を携え、右手には荷物を持っている。
そう言ってアセロンが残っている左手を挙げると、他の四人も手を差し出した。
そしてアセロンは、四人の差し出された手と一度にハイタッチをした。
「よし、それじゃあ行ってくる」
アセロンが軽く手を振り、村に残る三人に別れを告げた。
そして二人は謎のモンスターがいるという森へ入っていった。
二人の去り際に、シリウスは臭いを感じ取った。その臭いは酒の臭いか、はたまた二人のどちらかが単に臭いだけなのか、そんな嫌な臭いだった。
――――――
夕暮れの薄明かりが森の木を照らす頃、二人は獲物が発見された場所へ向けて進んでいた。山道を歩きながら、アセロンとルーカスは今回の狩りの計画について話していた。
「この辺りの獲物は厄介だから、慎重に行動しよう」
ルーカスが言い、それにアセロンが応じた。
「わかってる。今回の獲物は謎のモンスターだ。じっくり観察しながら進めていこう」
彼の言葉には安心感があり、ルーカスを落ち着かせた。
二人はしばらく歩き、森の奥深くへ進んでいった。森は静かで、風の音や肌触りが心地よかった。
そして謎のモンスターが発見された地点に到着した。そこには何かが引きずられた跡があり、二人はそれを辿っていった。
「ここまで大きな跡は見たことが無いぞ。それに長く続いている」
アセロンは不思議そうに言う。
「そうだな。ここまで跡が続いているなら、獲物が尻尾か何かを引きずっているのだろう」
ルーカスが考察を述べた。しかし、この痕跡から、彼は何か違和感を感じ取っていた。
「でも、ここまで痕跡を残す生物なんて普通はあり得ない。新種の可能性も有り得るな・・・」
「また新種かよ~。フォルガーになってから、よく分からんモンスターと戦わされることが増えたよな~」
二人はフォルガーというハンターの中でも最上位に位置する存在だ。だからこそ、とりあえずフォルガーに回してこうという考えによって、彼らは道のモンスターとよく戦わされていたのだ。
二人は疑問を持ちながらも、痕跡を辿っていった。
――――――
森に冷たい風が吹くようになった頃、夜の闇に包まれた中で、彼らの呼吸だけが静かに耳に届く。
そして徐々に、彼らの呼吸音だけでなく、得体の知れない何かの足音と、何かを引きずる音が聞こえるようになってきた。
「気をつけろ、恐らく奴が目の前にいるぞ」
ルーカスが低く囁くと、アセロンは頷きながら視線を向けた。
そこには、目もふくらむほどの異形のモンスターが現れた。月明かりに照らされるその姿は、まるで暗闇から這い出てきた悪夢そのもののようだった。
複数の生物を無理矢理つなぎ合せたかのような不気味で巨大な姿は、その風貌ですら見合わないほどに巨大で長い尻尾をずるずると引きずりながら進んでいた。その全身は気持ち悪い光沢を放ち、すさまじい威圧感を漂わせている。
「・・・動くな」
ルーカスがさらに低く囁く。アセロンはさらに身を縮めた。
見たことの無い程の、そのモンスターのおぞましい姿に、彼の心臓は緊張で速く脈打っており、そのモンスターが歩みを進めるたびに、彼の体も固くなっていく。目を細めモンスターの動きを逃さないように追っていた。
「どうする・・・?」
アセロンはかすれた声で訊ねた。
ルーカスはゆっくりと息を吐きながら答えた。
「今は静観するしかない。奴の行動パターンを見て、隙を見つけるんだ」
彼らはほんのわずかな音も立てられない。しかし、獲物の動きを逃すまいと全神経を集中させた。
その時、モンスターが突然、その鋭い視線がアセロン達のいる方向へ向けられた。モンスターの目が光り、悪夢のような威圧感が襲ってくる。心臓が激しく脈打ち、その手には汗が冷たく汗ばんでいた。
異形のモンスターがゆっくりとこちらに向かって歩みを進めるたび、その地面を重く踏みしめる音が、その荒々しい息遣いが、アセロンの心臓を冷たく貫く。
「どうして見つかった!?」
アセロンは驚きはしたものの、なるべく小さい声でルーカスに話しかけた。
「分からないが、逃げ場はないぞ。やるしか無い」
ルーカスはそう言っているが、その声は緊張でかすれていた。
「・・・わかった。俺の本領発揮といこうかね!」
二人は武器を構え、暗闇に光る異様な眼光に、釘付けになる。
しかし、彼らは一度武器を握ると、恐れは全て吹き飛んだ。まるで手に取った武器が全てをなぎ払ったかのように。
「いくぞ!」
アセロンがそう叫び、異形へ突撃していった。
アセロンはその規格外の怪力を生かして、モンスターへ巨大な剣の一撃を食らわせる。アセロンの一撃は意外にも、モンスターに深手を負わせることが出来た。そしてモンスターは威圧的な咆哮を上げながら反撃に出た。アセロンは剣で反撃を受けたが、その一撃は巨大な体躯に見合わない軽いものだった。そしてルーカスも剣を抜き、モンスターへ向けて走り出す。
そこから長くは無かった。そのモンスターはその風貌に似合わずとても弱く、二人は呆気にとられていた。
呆然としていた二人だったが、我に返ってお互いそのモンスターに対しておびえていたことを笑い合った。
「いくらなんでも弱すぎないか?」とアセロンは言った。
「まあ、何はともあれだ。このモンスターの死骸はギルドへ提出して、飯を食べに帰ろう」とルーカスは返した。
「おう、そうだな!」
そして二人は、絆がまた一段と深まったことを実感した。
その後、すぐにモンスターの後処理を行おうとしたその時だった。
「あちゃ~、やっぱ駄目だったみたいだね~」
突然、何者かが姿を現した。
アセロンとルーカスはあまりに想定外のことに、再び呆気にとられていた。それもそうである。森の奥深くで異形のモンスターを狩ったと思ったら突然謎の女が現れて、そのモンスターの死骸をじっくり観察しているからである。
「こんな所で何をしている!危ないだろう!」
アセロンは我に返って言った。
その謎の女は顔がフードで隠されており、目が見えないものの、アセロン達の方を見てこう言った。
「これ、あんた達がやったの?」
「そうだが・・・それがどうしたんだ?」
アセロンとルーカスは、目の前に広がる不思議な光景に嫌な予感がしていた。
そして謎の女はこう言った。
「いや、あんた達がやったのなら・・・殺しとかないとなって」
そう言ってその女はフードを上げて、背中に背負っていた歪な槍を持ち、殺気と共に二人へ向けた。
二人は背筋が一瞬にして凍り付くのが分かった。先ほどのモンスターとは比べもののない程の威圧感が、彼らの足を掴んで離さない。
「気をつけろルーカス――!!」
次の瞬間――
その女はアセロンの目の前にいた。とっさに防御をするも、その槍の一撃は凄まじく、吹き飛ばされてしまう。
アセロンは飛ばされた先にあった木に叩きつけられた。歪む視界、遠のく意識。それでも一瞬で持ち直す。
明らかに人間では無い速度に理解が追いつかないルーカスに、その凶槍が襲いかかる。だが彼は、その一撃を紙一重で回避した。
「ふ~ん?フォルガーっていうのは伊達じゃない訳だ」
女は自分の攻撃を避けたことに関心を示した。
そして瞬時に攻勢へと転じるルーカス。女の後ろからは、立て直したアセロンが大剣を振りかざしていた。しかし、女に掠ることも無く避けられてしまった。
そこからはアセロンとルーカスによる怒濤の攻めが繰り広げられた。
しかし、その女を殺すわけにはいかない。捕らえて話を聞く必要がある。そのため、二人の攻撃は女を無力化するためのものであり、殺意は一切籠もっていない。そんな生半可な攻撃は女に通じるはず無く、全ての攻撃は簡単に避けられ続けた。それに対し、アセロンとルーカスの体には傷が増える一方だった。
すると突然女が、アセロンに向かって何かを投げるような動作を示した。それを察知してアセロンが回避しようとした瞬間――
何者かの光線がアセロンの体を抉った。
その攻撃によりアセロンは体勢を崩し、ナイフの投擲攻撃を左目に受けてしまった。女はすかさず刺さったナイフへ膝蹴りを加えた。
そしてアセロンは後方へと吹っ飛び、ピクリとも動かなくなった。
ルーカスが謎の攻撃の出所へ目を向けると、自分たちの手で仕留めたはずの異形から、その一撃が放たれていたのが分かった。異形は生きていたのだ。
「こいつ・・・!!」
瞬時にルーカスは異形との距離を詰め、とどめを刺した。
そしてアセロンの方へ視線を向けるとそこには、左腕が無くなり、左脇腹は抉れ、頭部の半分が吹き飛んだ見るも無惨な死体があった。
ルーカスは女と目が合った瞬間、自分の心の奥が燃え上がり、全身に伝わる熱になるのが分かった。奴がアセロンを殺した。自分の兄弟同然の相棒を、この女が奪ったのだ。
「貴様・・・アセロンを・・・!」
ルーカスは一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。無力化することなど一切考えていない殺意の籠もりきった鋭い一撃ですら、ひらりと躱され、刃は空を切る。
「遅いよ、ルーカス君?」
嘲笑するかのように、ルーカスの攻撃を軽々と避ける。そして、その返しとして繰り出された一撃が、彼の肩を貫いた。
「ぐぁっ・・・!」
肩に痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。自分の痛みなどどうでもいい。今は、この女を殺すことだけが頭にある。
そして同じような攻防が繰り広げられた。
「・・・もう終わりにしよう。いい加減飽きてきた」
「どうしてこんな理不尽で死ぬ必要があるんだ・・・!まるで、俺が必死こいてハンターとして生きてきた過程が全て否定されるような・・・!」
ルーカスはもう自分に勝ち目は無く、殺されることが目に見えていた。この弱音は、彼の心の弱さの一部であり、現実から目を背けようとする逃避のようなものだった。
「・・・でもねルーカス君、本当はあんたを殺す予定なんて無かったんだよ?私の本当の目的は――」
女が真実を告げた直後、ルーカスの全身が串刺しになった。
「ッ――!」
全身を刺されたことにより、ルーカスの意識は一瞬にして薄くなり、彼は地面に倒れた。もはや血が流れ出る感覚すら無い。
「最期にひとつ・・・“神”の存在を、あんたは信じる?・・って、聞こえてないか」
『死ぬのは嫌だ・・・まだあいつ達と・・・飲めて・・・な・・・』
彼は村のみんなのことを思いながら、深い意識の中へ沈んでいった。
「今までで一番しぶとかったかな?・・・どうだろうな?」
謎の女はそう言い残して、この場から消え去った。
ここにて、二人のハンターの人生がここで幕を閉じたのだった・・・
――――――
森に静寂が訪れた時、異形の死体が突然動き出した。
そして、まるで何かを追うようにして、全身を引きずりながらアセロンの元へ這いずっていった。
異形がアセロンの元へたどり着き、徐にその体を起こす。全身からは血液は滴っており、アセロンの亡骸を真っ赤に染め上げた。しかし、異形は途中で力尽きてしまっい、地面に再び倒れ込んだ。
何をしたかったのか定かでは無い。しかし、異形が最期に目にしたのは、ピクリとわずかに動いた、アセロンの指だった。
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