第40話 街への侵入④

 街の住人が急ぎ足で戻り、アッシュ・リードたちの前で止まった。息を整える間もなく、その目に宿る不安が周囲の緊張感をさらに高める。「街長と話をしてきました」と、かすかな震えが混じった声で報告を始めた。「結界の発生源は、やはり防壁の上に並ぶ光る玉です。そして、街の反対側、森とは反対の方角はすでに帝国軍に占領されていて、彼らはその場所を強く警戒しています。」


 アッシュは一言も発さず、ゆっくりと頷いた。その静かな動作に込められた意味は、ただの理解ではなく、状況の重さを完全に受け止めたことを示していた。隣に立つ元老院の兵たちも、眉をひそめながら状況の深刻さを噛み締めているようだった。彼らの顔には、これまで経験してきた戦いでは見られなかった影が落ちていた。


 アッシュは一息ついて次の質問を投げかけた。「魔石はどうなっている?」


「魔石は結界の維持と攻撃魔法の発動に使われています」と街の住人は説明を続けた。「結界魔法使いたちは、森の魔物の侵入を防ぐために結界を維持し続けています。そして、攻撃魔法使いたちは、帝国軍が突破しようとした際に備え、魔石を使って敵を殲滅する準備をしています。それに加えて、余剰の魔石は隣接する街へ送られているとのことです。」


 アッシュは眉間にしわを寄せ、深く考え込んだ。魔石の使い道がこれほどまでに多岐にわたり、かつ重要な役割を担っているとは予想外だった。彼は仲間たちに目を向け、その中で一瞬エリックと視線を交わしたが、エリックは黙ったまま、ただ静かにその指示を待っていた。



 アッシュを中心に、元老院の兵たちと街の住人が集まり、作戦会議が行われた。長机に広げられた地図の上には、赤と青の小さな駒が並べられ、それぞれ帝国軍と自軍の位置を示していた。駒は静かに動かされ、そのたびに議論は白熱し、誰もが真剣に突破口を見つけ出そうとした。


「帝国軍が占領している地点を突破する方法は?」アッシュの問いかけに、元老院の兵士の一人が答える。「我々の攻撃魔法使いが全力で攻撃を仕掛けても、結界がある限り、その効果は大幅に減少します。まず、結界を破壊しない限り、どうにもならない。」


「それならば、結界の発生源を狙うしかないな。」アッシュは地図の上に置かれた赤い駒を指で軽く弾きながら、冷静に言い放った。「光る玉がその結界を支えているのだとすれば、そこを破壊すれば道は開ける。」


「だが、それは容易なことではない。」別の兵士が低い声でつぶやいた。「あの光る玉は高い場所にある。近づくことなく、それを正確に射抜くには…」


 アッシュはその言葉を遮るように、視線をエリックに向けた。「ここで試してみるしかない。エリック、お前の大弓なら、遠距離からでも狙えるはずだ。お前に任せる。」


 エリックは驚きの表情を一瞬浮かべたが、それはすぐに消え去り、彼は力強く頷いた。「分かった。俺がやる。」



 エリックは街の見える位置に立ち、巨大な大弓を手に取った。街の防壁の上にある光る玉を見据え、その距離と高さを目測する。風の方向、そして力の加減、すべてを頭の中で計算しながら、彼はゆっくりと深呼吸をした。


 周囲は静まり返り、時間が止まったかのような感覚がエリックを包み込んだ。彼は全神経を集中させ、周囲の音が徐々に遠のいていくのを感じた。今、この瞬間、彼にとって唯一重要なのは、その矢を正確に放つことだけだった。


「狙いを定めろ…焦るな…」エリックは自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。そして、ゆっくりと矢を弦にかけ、指でその感触を確かめた。緊張が全身を駆け巡ったが、それと同時に力が湧き上がってくるのを感じた。まるで、彼の意志が矢に込められ、弦を通じてその力が弓全体に広がっていくようだった。


「お前ならできる、エリック…」アッシュの声が静かに彼の耳に届いた。その声には信頼と期待が込められており、エリックはその重みを感じながら、視線をさらに鋭くした。目の前の光る玉は、薄暗い空に浮かぶ唯一の目標だった。


 大弓を引き絞るにつれて、エリックの腕にはさらに力が加わった。弦は限界まで引かれ、彼の筋肉は鋼のように張り詰めていた。その一瞬一瞬が、エリックにとっては永遠のように感じられたが、同時にそれが彼の集中力をさらに研ぎ澄ませていく。


「今だ…」心の中でそう呟いた瞬間、彼の心は完全に静まり返り、全ての雑念が消え去った。彼の全ての感覚が矢と一体化し、その一点に集中していた。


 だが、エリックはまだ矢を放たない。その瞬間が来るまで、彼は最後の準備を整えていた。彼の呼吸は深く、心臓の鼓動すらも静かに響いていた。周囲の者たちも、息を飲んで彼の動きを見守っていた。


 エリックは狙いを定め、心を静めた。そして、次の瞬間、その矢が光る玉へと向けて放たれるのを、誰もが固唾を飲んで待ち望んでいた。


あとがき

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