第24話 迫り来る影

 朝の霧が薄く漂い、まだ日が昇りきらない村の広場は、静寂と共に緊張感が張り詰めていた。古びた石畳に足音が響くたび、村人たちは不安そうに顔を見合わせる。広場の中心には粗末な木のテーブルが置かれ、その上に広げられた地図を囲んで、アッシュ、エリック、カナが集まっていた。


 アッシュは手元の地図に目を落とし、険しい表情を浮かべた。帝国軍の動きが刻一刻と迫っていることが、彼の心を焦らせていた。手元のペンで地図上に小さな丸を描き、指でその丸を指し示した。


「まず、帝国軍の位置を正確に把握する必要がある。」アッシュの声は低く、だがその言葉には決意が込められていた。周囲の空気が一層重くなり、緊張が張り詰める。


 カナはその言葉を聞いてすぐに頷いた。「わかった。幻影魔法で村全体を覆うようにして、目立たないようにするわ。それで、雑魚兵たちを高台に配置して、敵の動きを監視させる。」


 彼女の指先が微かに輝き始め、まるで霧の中から生まれたような淡い光が彼女の周りに漂い出した。カナは集中して目を閉じ、静かに呪文を唱え始めた。彼女の魔法が徐々に村を覆い始め、まるで一つの大きな布が村全体を包み込むかのように、村の輪郭がぼやけて見えるようになった。


 一方、エリックは村の若者たちを呼び集め、彼らに防衛策を指示していた。若者たちは不安な表情を浮かべながらも、エリックの指示に従って動き出した。彼らは簡易な防御壁を急いで作り上げ、村の入り口に木材や石を積み上げてバリケードを作り始めた。広場の片隅では、村の老人たちが急いで武器を手に取り、子供たちが避難場所へと急いでいる。


 アッシュはもう一度地図に視線を戻し、そこに刻まれた地形を見つめながら思考を巡らせた。時間が限られていることは明白だった。敵が動き出す前に、村の防衛を完璧に整えなければならない。彼は眉間にしわを寄せ、地図上の別の場所に指を滑らせた。


「それから…少数の雑魚兵を敵陣近くに送り込もう。潜入して、敵の準備状況を探らせる。何か異常があればすぐに知らせるように。」


 カナの魔法が村を覆う中、アッシュの命令に応じて、召喚された雑魚兵たちが一斉に動き出した。彼らは軽快な足取りで広場を後にし、それぞれの役割を果たすために散っていった。広場に残ったアッシュは、彼らが見えなくなるまでじっと見つめていた。


「急ごう。時間がない。」アッシュの言葉が霧の中に消えるように響き渡り、その言葉に呼応するように村全体が一層活気を帯びた。村人たちは黙々と作業を続け、アッシュ、エリック、カナの三人もまた、自分たちの役割を果たすために準備を整えていた。


 彼らの心には、不安と決意が入り混じっていた。帝国軍が迫る中、村の命運はこの作戦にかかっている。


 アッシュの指示を受けた雑魚兵たちは、すばやく各方向へ散っていった。村の周囲に広がる薄い霧が彼らの姿を巧みに隠し、朝の静寂が彼らの足音を吸い込む。霧の中で、彼らはそれぞれの任務を遂行し始めた。


 まず、高台に配置された雑魚兵たちは、村を取り囲むように広がる帝国軍の動きを見下ろしていた。遠くの風景は淡い朝の光に照らされ、まだ静かな森の中に点在する帝国軍のテントや焚き火の跡が見て取れる。雑魚兵たちは、彼らがどの方向に移動し、どのように配置されているかを正確に把握しようとする。


 一方で、潜入を命じられた雑魚兵たちは、帝国軍のさらに深部へと静かに進入していった。彼らは森の中の影に紛れ込み、音を立てることなく接近する。草のざわめきや、鳥の鳴き声に紛れて、帝国兵たちの会話や動きが微かに聞こえる。雑魚兵たちは慎重に進み、敵の陣営の近くにまで潜り込んでいった。兵士たちが武器を磨き、指揮官が地図を広げて話し合っている姿が見える。


 時間がゆっくりと過ぎ、アッシュは村の広場で雑魚兵たちが戻ってくるのを待っていた。彼は送還の合図を送り、偵察を終えた雑魚兵たちを一人一人、次々と召喚の世界へと送り返していく。その瞬間、彼の頭の中に、雑魚兵たちからのフィードバックが鮮明に伝わってきた。


 まず、北の高台からの報告。帝国軍の一部が、すでに進軍を開始している。彼らは村に向かってゆっくりと移動し、隊列を整えつつある。その進軍速度は遅いが、確実にこちらに向かっている。アッシュの顔に不安がよぎる。


 次に、西の森からの報告。ここでは、敵が別の陣地を構築している。焚き火の跡や、わずかながらも兵士たちの物資が運び込まれている様子が伺える。彼らは何かを待っているかのようだが、その目的は不明だ。


 そして、最も重要な情報が、南からの報告だ。敵の本陣が確認され、その周辺で大きな動きが見られる。多くの兵士が慌ただしく行動しており、特に大規模な兵器が配置されているのが見て取れた。彼らは何か大きな作戦を準備している様子だ。アッシュはこの情報に鋭く反応した。敵は何かを仕掛けようとしている。


「敵は思った以上に近い……しかも、急ピッチで何かの準備をしている。すぐにでも攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。」


 アッシュは素早く次の手を打つべく、エリックに指示を出した。「防衛ラインを強化する。特に南側には重点的に戦力を集中させよう。」


 エリックは素早く頷き、村の若者たちを呼び集めた。彼らは鍛えた身体を生かして、防壁の補強や武器の準備に奔走した。彼らの顔には緊張の色が浮かんでいたが、それでも使命感に満ちていた。彼らも、家族や仲間を守るために戦う覚悟を固めていた。


 カナはその様子を横目に見ながら、静かに幻影魔法を発動した。彼女の手のひらから淡い光が広がり、村の周囲を覆うように霧が濃くなっていく。この霧はただの自然現象ではなく、カナの魔法によって作り出された迷彩だ。これにより、村の全貌が外部からはほとんど見えなくなり、敵の目を欺くことができるだろう。


「もう一度偵察を続ける。まだ見つかっていない敵の動きを探るんだ。」アッシュはそう言って、再び雑魚兵を召喚した。彼らに向かって新たな指示を与え、さらに深い偵察を試みる。


 アッシュの脳裏に、先ほどのフィードバックが再び浮かび上がる。彼はその情報をもとに、次なる戦略を練り上げていく。敵がこちらの動きを悟る前に、さらなる手を打たなければならない。そのためには、迅速かつ的確な情報収集が不可欠だった。


 村の広場には再び静寂が戻った。しかし、その静寂の裏には、緊迫した空気が漂っていた。村全体が、迫りくる戦いに備えて、一瞬たりとも気を緩めることなく準備を進めている。アッシュは深く息をつき、決意を新たにした。敵がいつ襲いかかってきても対応できるよう、彼の頭の中で作戦は次々と組み立てられていく。


あとがき

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