第25話 迫り来る影②

 帝国軍の陣地には、張り詰めた空気が漂っていた。朝露に濡れたテントの列が、整然と並び、その周囲を帝国兵たちが忙しなく動き回っていた。兵士たちは甲冑を着込み、槍や剣を鋭く磨きながら、次の命令を待ち受けていた。


 陣地の中心には、豪華な鎧をまとった指揮官が、部下たちを集めて地図を広げ、作戦の最終確認を行っていた。彼の鋭い目つきが地図上を滑り、村の位置を指し示す。


「ここがターゲットだ。だが、敵も侮れない。我々の動きを察知しているようだ。さっきの報告では、我々の陣地周辺に不審な動きがあったという。何者かが潜り込んでいる。」


 部下の一人が、一歩前に出て報告を行う。「はい、指揮官様。先ほどの偵察隊が、影のように動く何者かを目撃しました。彼らは確かに我々の動きを監視していたようです。しかし、近づこうとした瞬間に、突然姿を消したとのことです。」


 指揮官の眉が不快そうにひそめられた。「何者だ?魔法か、それとも新手の兵士か…?」


「わかりません。姿がはっきりと見えないまま、霧の中に消えてしまいました。我々もそれ以上は追跡できませんでした。」


 指揮官は深く考え込むように唇を噛みしめた。「奴らは村の防衛を固めつつある。こちらが動き出す前に偵察し、情報を集めているのかもしれん。我々も早急に進軍を開始しなければ、先手を打たれる恐れがある。」


 彼は冷静な声で命令を下した。「全兵、配置につけ。準備を怠るな。進軍は予定通りに行うが、警戒を怠らず、何が現れても対応できるようにしておけ。」


 兵士たちは素早く動き出し、陣地内での準備を急いだ。武器を手に取り、隊列を整え、進軍の合図を待つ。陣地内には緊張と期待が混じり合った雰囲気が漂い、兵士たちの足音や装備の音が響いていた。


 進軍開始の時刻が近づくにつれ、指揮官は再び地図を見つめた。「奴らがどれほどの戦力を持っているかはわからんが、この村を制圧することは帝国の命運に関わる。全力で攻め立てるぞ。」


 遠くに立つ塔の鐘が、進軍の合図を告げるように静かに響いた。その音を聞いた指揮官は、力強い声で命令を下した。「進軍開始!」


 帝国軍の兵士たちは、整然とした隊列を保ちつつ、村に向けて一歩ずつ進み始めた。彼らの歩調はゆっくりとだが確実で、地面をしっかりと踏みしめながら進んでいく。兵士たちの表情には決意が浮かび、槍の先が陽光にきらめいている。


 進軍が始まると、陣地の後方で残された兵士たちは、偵察に従事し続ける。「指揮官様、あの影のような存在が再び現れるかもしれません。警戒を続けましょう。」


「その通りだ。何かあればすぐに知らせろ。油断はできん。」


 兵士たちは、注意深く周囲を見渡しながら進軍を続けた。しかし、アッシュが送った雑魚兵は、敵の目を巧みに避け、すでにその任務を完了していた。彼らは一瞬の隙をついて、再び姿を消し、アッシュのもとへフィードバックを送った。


 帝国軍は進軍を続けながら、次第に村へと近づいていく。地面を踏む重い足音が、遠くの村まで届くほどだ。草木の間を揺らしながら、彼らは目標を目前に捉えた。


 指揮官は、最後の一歩を踏み出す前にふと立ち止まり、村の方向を睨みつけた。「準備はいいか。奴らを叩き潰す時が来た。」


 その言葉を合図に、帝国軍はさらに進み、攻撃の瞬間を迎えるために勢いを増していった。彼らはまもなく、村の防衛ラインを目の当たりにすることになる。


 時は少しさかのぼる。

 アッシュの命令が響くと、村全体が急速に動き出した。広場に集まっていた村人たちは一瞬の戸惑いを見せたが、すぐにその場を駆け出し、各自の持ち場へと向かう。子供たちは年配の女性に手を引かれ、安全な場所へと急いで避難していく。女性たちは手早く防衛に使う武器や食料を準備し、若者たちはエリックの指導の下で村の周囲に防御ラインを築き始めた。


「カナ、少し話がある」とアッシュが彼女に声をかけた。彼女は軽くうなずき、すぐに手を動かして魔法を発動させた。村全体が彼女の幻影魔法で薄く覆われると、村の周囲に現れたのは、まるで村人たちが武装し、整然とした隊列を組んで待ち構えているかのような光景だった。


 雑魚兵もまた、隊列の一部として幻影の中に組み込まれ、あたかも精鋭部隊の一部であるかのように見える。実際の戦力は薄いが、この幻影は確実に敵を惑わせるだろう。アッシュはその光景を一瞥し、作戦を心に秘めたまま、村の防衛が整うのを待った。


 村の中には緊張感が漂い、誰もが自分たちの役割を果たすために全力を尽くしていた。風が吹き抜ける音だけが、静まり返った広場に響き渡る。だが、誰もがその沈黙の中に隠された緊迫感を感じ取っていた。


 そして、帝国軍の足音が村まで響き渡ってきた。


あとがき

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