第29話 轟音で目覚める村

 朝の静寂を突き破るような轟音が、村全体を揺るがした。まだ暗闇が残る空の下、村の家々が微かに震え、地鳴りのような振動が地面を這うように広がっていく。アッシュは目を見開き、反射的にベッドから飛び起きた。頭の中で轟音の正体を必死に探ろうとするが、混乱と不安が彼の思考をかき乱す。彼はすぐに剣を掴み、寝室から駆け出して外へと飛び出した。


 村の広場は既に動揺した村人たちで溢れかえっていた。顔には不安と恐怖が浮かび、何が起こっているのか理解できないまま、ただ外に飛び出してきた様子だ。子供たちは母親にしがみつき、大人たちは互いに言葉を交わしながらも、答えを見つけられずにいた。アッシュは一瞬立ち止まり、耳を澄ませた。音は遠くから聞こえたようだったが、その衝撃は間違いなく村全体に届いていた。


 目を凝らして遠くの地平線を見つめると、薄く残る煙が揺らめいているのが見える。その向こうでは、空を切り裂くような稲光の残像が一瞬だけ視界をよぎり、すぐに消えてしまった。あの稲光は、明らかに魔法の痕跡だ。アッシュは唾を飲み込み、胸の奥で脈打つ不安を抑え込むように、剣の柄を握りしめた。


「みんな、落ち着いてくれ!」アッシュは声を張り上げた。彼の声は、村の人々に僅かながらも安心感を与え、混乱していた空気を少し和らげる。「まずは状況を確認する。全員、外れにある見張り台へ向かおう。」


 村人たちはアッシュの言葉に従い、動揺しながらも列をなして移動を始めた。アッシュはカナとエリックに目で合図を送り、彼らもすぐに行動を開始した。


 アッシュはカナとエリックを引き連れ、村の外れにある見張り台へと向かう途中、焦土と化した森の一部が目に入る。木々は無惨にも焼け焦げ、地面は黒く染まり、煙が立ち上っていた。この光景を前に、彼の眉間に深い皺が寄る。明らかに先ほどの轟音と稲光が引き起こした破壊の痕跡だ。


「ここまで広範囲に被害が出ているとは…」アッシュは低く呟いた。彼の隣でカナが小さく頷きながら、周囲を警戒している。


 見張り台に到着すると、アッシュはすぐに遠くを見渡すために台に登った。その視線の先には、数名の騎馬兵がこちらに向かって疾走してくるのが見える。彼らは速いスピードで村に向かっており、その姿には何のためらいもない。


「敵か?」エリックが不安げに問いかける。


「わからない。だが、準備をしろ。」アッシュは冷静な声で答え、すぐに防御態勢を取るように指示を出した。村人たちもその場に立ち止まり、緊張が一気に走る。アッシュは剣を抜き、騎馬兵たちを注視した。彼らがどんな者であれ、村を守るために戦う覚悟はできている。


 騎馬兵たちが近づくにつれ、その姿がより鮮明に見えてきた。アッシュは剣を構え、鋭い声で叫んだ。「誰だ!名前を名乗れ!」


 騎馬兵のリーダー格と思われる男が、手を高く上げて馬を止める。その動作には落ち着きがあり、敵意を感じさせない。だが、アッシュは警戒を解くことなく、さらに一歩前に進んだ。


「私たちは村の住人だ!」リーダー格の男が必死に訴えかける。「帝国軍の生き残りではない。村に戻る途中だったんだ!」


 アッシュは男の言葉を聞きながらも、即座に判断を下すことができなかった。彼は一瞬、カナに視線を送り、彼女の反応を伺う。カナはじっと男の目を見つめ、慎重にその言葉の真偽を探っている。


「証拠はあるのか?」アッシュが再び問いかけると、男は手持ちの袋から村に関連する品物を取り出した。それは村の紋章が刻まれた小さな木彫りの像だった。さらに、男は村の風習について語り始め、その内容は確かに村の住人でなければ知り得ないことだった。


 アッシュは彼の話を聞き終えると、短く頷いたが、それでも完全に警戒を解くことはなかった。


 最終的にアッシュは、騎馬兵たちを村に連れて行くことを決断した。「ついて来い。村に戻って話を聞こう。」


 カナは幻影魔法を用いて敵を欺く準備を整えつつ、彼らの後ろを警戒しながら進む。道中、アッシュは騎馬兵たちに詳細な質問を投げかけた。彼らは村の歴史や特定の場所について詳しく答え、次第にアッシュたちの信頼を得ていった。


 村が近づくと、アッシュの心の中に微かな安堵が広がった。しかし、それでも完全に安心するわけにはいかなかった。村は、まだ危険が迫っている可能性があるのだ。


 村の門に到着すると、アッシュたちは驚愕の表情を浮かべた。既に元老院の軍が村に入り込んでおり、彼らは村長のマルコムと何やら話し合っているのが見える。マルコムの顔には焦燥の色が濃く、状況が予想以上に切迫していることを感じさせた。


 アッシュたちは警戒心を抱いたまま、元老院の兵士たちと対峙した。彼らの鋭い視線がアッシュたちを捉え、緊張感が一層高まる。アッシュが口を開きかけたその瞬間、マルコムが彼らに気づいた。


「彼らは私たちの仲間だ。」マルコムが声を上げ、元老院の兵士たちに向かってアッシュたちを指差した。「村の防衛に尽力してくれた。」


 元老院の兵士たちは態度を和らげ、その言葉に従った。アッシュたちはようやく拘束から解放され、緊張の糸が僅かに緩んだ。


 アッシュたちは元老院の軍と正式に対面し、彼らから現在の状況や次の行動についての説明を受けた。元老院の指揮官は、街の反対側で行われていた戦闘の経緯について詳細に語り、今後の戦略について話し始めた。


「君たちの協力には感謝している。しかし、事態はさらに深刻だ。」指揮官は険しい表情でアッシュを見つめた。「これからの戦いには、君たちの力が必要だ。」


 アッシュは指揮官の言葉を慎重に受け止めた。彼の心の中では、これからの戦いへの覚悟が徐々に固まっていく。


「わかった。村を守るために、できる限りのことをする。」アッシュは静かに、しかし力強く答えた。


 指揮官は満足そうに頷き、アッシュたちに作戦の詳細を伝え始めた。村はこれから、さらに厳しい戦いに突入するのだ。


あとがき

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