第43話 村への帰還と平穏なひと時

 10日間の長い旅路が終わりを迎えた。アッシュたちは森を迂回し、ようやく故郷の村へとたどり着いた。彼らの心には、不安と希望が交錯していたが、村の光景を目にした瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が一気に解けた。


 村は、あの日から変わらぬ姿で彼らを迎え入れていた。高い塀に囲まれた家々は、日差しを浴びて温かみを帯びており、家畜の鳴き声や村人たちの笑い声が聞こえてくる。畑は青々と茂り、収穫期を迎えた作物が風に揺れていた。アッシュは深く息を吸い込み、故郷の空気を味わうようにして立ち止まった。


「無事だったんだ…」カナがぽつりと呟き、エリックは頷きながら前方を見つめた。


「この光景を守るために、俺たちは戦ったんだな」エリックは村の穏やかな雰囲気に目を細めたが、その言葉にはどこか虚しさが混じっていた。


 アッシュはその言葉に反応することなく、ただ静かに周囲を見渡した。安心感と同時に、彼の胸には言い知れぬ重圧がのしかかっていた。あの日、街で放たれた破壊的な魔法がもたらした光景が、彼の脳裏に焼き付いて離れなかった。


 村に着くと、アッシュたちはそれぞれの家へと散り散りになった。アッシュは家の前で一瞬立ち止まり、扉を叩く前に大きく息を吐いた。扉を開けると、そこには母親が待っていた。


「アッシュ!」母親のリリアンが声を上げると、彼を強く抱きしめた。「無事でいてくれて、本当に良かった…!」


 彼女の涙交じりの声に、アッシュはただ「ごめん」と短く答えるしかなかった。彼の肩を抱く母の腕の温もりが、彼の心を少しだけ癒してくれるようだった。


 その後、父親のジェームズも戻ってきて、家族三人で食卓を囲んだ。夕食の場は和やかで、家族の再会を喜ぶ声が響いた。しかし、アッシュは心の奥底にある複雑な感情を拭い去ることができなかった。


 同じ頃、カナとエリックもまた、それぞれの家族と再会していた。カナは母親と抱き合い、父親と再会した。彼女の家では、両親が無事であることに安堵し、再会を喜んだが、カナの心にもまた、あの光景が深く刻まれていた。エリックもまた、父親と再会し、無事を報告したが、彼の内心には答えの出ない問いが渦巻いていた。


 翌日、アッシュたちは村長のマルコムを訪ねた。村長の家は村の中心に位置し、その堂々とした構えが村全体を見守るようにそびえていた。マルコムは彼らを温かく迎え入れ、穏やかな笑顔で彼らに席を勧めた。


「無事に戻ってきてくれて、何よりだ」マルコムはそう言って、アッシュたちに感謝の意を伝えた。「君たちが戻ってくるまで、村の者たちは毎日君たちの無事を祈っていたよ」


「ありがとうございます、村長」アッシュが礼を述べると、マルコムは深く頷いた。


「しかし、あの戦いのことは忘れられないな…」マルコムの目が一瞬、遠い過去を見るように曇った。「君たちはよく戦った。その結果、村は無事でいられた。しかし、君たちの心には大きな傷が残っているように見える」


 アッシュたちはそれぞれが感じていた心の重さを胸に秘め、沈黙した。村長の言葉は彼らの心に触れるものであり、同時に彼らが抱えている悩みを再認識させた。


「これからどうするつもりだ?」村長は穏やかに尋ねたが、その声には深い洞察力が感じられた。


 アッシュは答えに窮した。これからのことを考えると、彼の心には不安と迷いが押し寄せてきた。しかし、彼は決して自分の感じている重荷を他人に見せることはなかった。


「今は、村でしばらく休もうと思います」とアッシュは言った。彼の声には決意が感じられたが、それがどれほどの重圧を伴うものかは誰も知る由がなかった。



 アッシュたちはその後の数日間、村でのんびりとした時間を過ごした。彼らは家族や村の友人たちと再会し、久しぶりに心からの笑顔を見せた。畑仕事を手伝ったり、村の子どもたちと遊んだりすることで、日々の疲れが少しずつ癒されていくようだった。


 しかし、その平和な日々の中でも、アッシュたちの心には常にあの日の記憶が影を落としていた。街で放たれた強力な魔法の光景が、何度も何度も彼らの夢に現れた。あの瞬間、彼らが引き起こした破壊の規模と、その結果生じた無数の命の消失が、彼らを苦しめ続けていた。


 カナはその思いをどう処理していいかわからず、村の静かな夜に一人で星を見上げることが増えた。エリックもまた、弓の手入れをしながら、自分の行動が正しかったのかを問い続けた。


 アッシュは一度もそのことを口に出さなかったが、心の中では常にその問いが渦巻いていた。彼はあの日、自分がしたことが正しかったのか、そしてそれが本当に必要だったのかを考え続けた。村での平和な時間が彼を癒す一方で、その葛藤はますます深まっていった。



 10日間の平和な時間が過ぎ去ったある日、村に再び元老院の軍が訪れた。アッシュたちはその報せを受け、胸に不安を抱えながら村の中心へと向かった。


 村の広場には、元老院の軍が整然と並んでいた。彼らの鎧は光り輝き、武器は鋭く磨かれていた。隊長らしき人物が前に進み出て、アッシュたちに鋭い目を向けた。


「我々は、元老院の命を受けて再びここに来た。村に残された者たちと、さらなる協力を求めるためだ」


 その言葉に、村人たちの間に緊張が走った。彼らは再び戦いに巻き込まれるのかもしれないという恐れを感じた。


 アッシュたちもまた、その言葉に複雑な思いを抱いた。平和な日々は終わりを告げ、彼らは再び戦いの渦中に引き込まれるのだろうか。彼らの心に浮かんだ疑問と不安は、これからの運命を暗示するかのように、冷たく彼らを包み込んだ。


 彼らの旅はまだ終わらない。新たな試練と決断が、彼らを待ち受けていた。


あとがき

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