第42話 街の奪還

 アッシュたちは街の中心にたどり着くと、緊張感は最高潮に達していた。周囲は異様なまでに静まり返り、まるで時が止まったかのようだった。仲間たちは息を潜め、その一瞬一瞬が永遠に続くかのように感じられた。特に、元老院の長老レオンとエルザは、その魔力を高めるため、全神経を集中させていた。彼らの心の中には、今から行おうとする行為がどれほどの意味を持つのか、その重みが渦巻いていた。


「魔石を準備しろ…」レオンは低く囁き、その言葉に重みがあった。彼が手にしていた魔石は、森で苦労して採取したもので、その表面からは淡く青白い光が漏れていた。エルザも同じように、手の中で魔石をしっかりと握り締めていた。その光は彼らの顔を不気味に照らし、周囲の影が歪んで見えるほどだった。


「これが我々の最後の力になるやもしれん」エルザの言葉には、決して退くことの許されない覚悟が滲み出ていた。彼女はその覚悟と共に、全力を尽くす決意を固めた。


 レオンとエルザは息を合わせ、魔石を用いて強力な魔法を放とうとした。しかし、その瞬間、街を包む空気が微かに震え、周囲に異様な気配が漂い始めた。それは、帝国の結界魔法使いによるものだった。彼はすでにこの街を防御するための結界を張り巡らせており、その防御魔法は今まさに、元老院の二人が放とうとする魔法を封じ込めようとしていた。


「結界だ…」レオンの声が険しくなる。彼の額に冷や汗が浮かび、視線が鋭く結界を見据えていた。「我々の魔法が遮られている」


 エルザはその言葉に反応し、焦燥感に駆られた。「時間がない…このままでは攻撃が通用しない」


 結界は元老院の二人が放とうとする魔法を徹底的に防ぎ、その威力を無効化しようとした。結界魔法使いは、防御の一環として魔力を最大限に発揮し、彼らの攻撃を食い止めようと懸命だった。レオンとエルザはその隙を突いて一撃を放とうとするが、結界の強固さに阻まれ、なかなか効果的な攻撃を加えることができなかった。


 その時、エリックが冷静な声で言った。「俺が結界を破る」


 アッシュがその言葉に驚いてエリックを見つめた。「本当にできるのか?」


 エリックは自信を込めて頷いた。「やってみせる」


 彼はゆっくりと大弓を構えた。魔力が込められた矢を手に取り、その鋭い先端が結界魔法使いの位置を正確に捉えていた。エリックの呼吸は深く安定しており、彼の全神経はその一瞬に集中していた。


 エリックは心を静め、周囲のすべての音を遮断した。彼にとっては、その瞬間が永遠にも感じられるほどだった。やがて、彼は弓を引き絞り、矢を放つと決意した瞬間、その手に感じた力が一瞬だけ膨れ上がった。そして、すべての魔力を込めた矢を放った。


 矢は風を切り裂き、夜空を一直線に貫いていった。矢はまばゆい光を放ち、その光はまるで空間を裂くように結界へと突き進んだ。結界に到達すると、矢は激しい衝撃を伴ってそれを破壊し、そのまま結界魔法使いを貫いた。彼はその場に崩れ落ち、すべての防御魔法が無力化された。


「今だ、放て!」アッシュの叫びが響き渡る。


 元老院の二人は即座に魔石を解放し、強力な魔法を放った。魔法の波動は街全体に広がり、帝国軍を包み込んでいった。その瞬間、街は激しい衝撃に見舞われ、帝国軍の兵士たちは次々にその魔力の波に飲み込まれていった。彼らは抵抗する間もなく、一瞬で壊滅状態に追い込まれた。


 衝撃が収まった時、アッシュたちはその場に立ち尽くしていた。彼らの目の前に広がる光景は、かつてこの場所が街であったことを信じられないほど荒れ果てたものだった。瓦礫と化した地面が広がり、そこにはかつての建物の痕跡すら残っていなかった。すべての生命が失われ、静けさが支配していた。


 アッシュはその光景を見つめ、胸の中に重く沈む哀しみを感じた。彼らは戦闘に勝利したが、その代償はあまりにも大きかった。守ろうとした街も、そこに住む人々も、もはや戻ることはなかった。


「これが…本当に必要だったのか?」エリックの呟きは、虚無感と後悔に満ちていた。


 アッシュは何も言わなかった。彼もまた同じ疑問を抱いていたが、今さらそれを口にすることに意味はないことを知っていた。彼らに残されたのは、戦い続けることだけだった。生き残るために、そしていつか再びこの地に平和を取り戻すために。


 彼らは静かにその場を離れ、かつて街であった場所から遠ざかっていった。夜空には無数の星が輝いていたが、その光は何も照らすことなく、ただ冷たい闇の中に消えていった。戦士たちは、その星々に別れを告げるように、一筋の涙を浮かべながら歩き続けた。


 その歩みは重く、そして孤独であった。彼らの心に残されたものは、戦いの余韻と、失ったものへの深い哀惜だけだった。


あとがき

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