第33話 森の横断①

 森の入り口から静かに進軍を開始したアッシュたち。鬱蒼とした森は、枝葉が地面を覆い尽くし、陽光を遮っている。湿った土と腐葉土の匂いが鼻をつき、遠くから聞こえるかすかな動物の鳴き声以外、森は不気味なほどに静まり返っていた。


 アッシュは周囲の気配に細心の注意を払い、雑魚兵たちを先頭に送り出した。雑魚兵たちは無言で進み、森の闇に消えていく。隊の進軍は慎重に行われたが、森の入り口付近では何事もなく、静寂に包まれていた。


 時間が経つにつれ、森の深みへと進んでいく。木々が密集し、道は次第に狭くなり、空気もひんやりと湿ってきた。森の奥には何かが潜んでいるという不安が、アッシュたちの心にじわじわと広がっていく。彼の目は、森の中でわずかに動く影や音に敏感に反応していた。


 突然、前方の雑魚兵が立ち止まり、茂みの奥で何かが動く音が聞こえた。アッシュは瞬時に動きを止め、鋭い目でその方向を凝視した。緊張が走り、隊員たちは静かに武器を構えた。


「何かが来る…」アッシュの囁き声が、森の静寂に溶け込んだ。


 次の瞬間、茂みが激しく揺れ、巨大なオーガが姿を現した。その体は二メートルを超え、筋肉が隆起した青黒い皮膚が光を反射して鈍い輝きを放っている。オーガの目は血走り、怒りに満ちた表情を浮かべていた。手には巨大な棍棒が握られ、力強く振りかざされている。


「オーガだ!全員、戦闘準備!」アッシュの声が響き渡り、隊員たちは一斉に武器を構えた。


 雑魚兵たちは一瞬の躊躇もなく、オーガに向かって突撃を開始した。オーガは低く唸り声を上げ、棍棒を振り下ろした。その衝撃で地面が揺れ、土煙が舞い上がった。しかし、雑魚兵たちは冷静に対応し、次々と攻撃を繰り出していった。彼らの動きは訓練されたものであり、各々が役割を理解していた。


 オーガは何度も棍棒を振り下ろすが、雑魚兵たちは巧みにかわし、集団で攻撃を仕掛ける。その連携は見事なものであり、オーガは次第に劣勢に追い込まれていく。しかし、オーガは最後の力を振り絞り、怒り狂ったように抵抗を続けた。その姿はまさに凶暴な獣であり、隊員たちの集中力を試していた。


「押し込め!」アッシュが指示を出し、雑魚兵たちは一斉にオーガに最後の攻撃を仕掛けた。無数の刃がオーガの身体に突き刺さり、その巨体が徐々に崩れ落ちていく。オーガの最後の呻き声が森の中に響き渡り、その後、重々しく地面に倒れ込んだ。


 アッシュは緊張を解き、倒れたオーガをじっと見つめた。「これで一体か…」彼はほっと息をつき、隊員たちに魔石の回収を命じた。


 カナが前に出てきて、オーガの巨体に近づいた。彼女は丁寧にオーガの胸元を探り、青白く光る魔石を見つけた。カナは慎重にその魔石を引き抜き、まるで赤子を扱うようにそっと袋に収めた。その動きは滑らかで、手際の良さが窺えた。


「これで魔石の補充は完了ね。」カナは微笑みながら袋を軽く振り、満足そうにアッシュに報告した。その言葉にはほのかな安心感が込められていたが、森の中に漂う緊張感がそれを完全に拭い去ることはなかった。


 アッシュは頷き、次の行動に備えて隊員たちを見回した。森は未だ深く、これから何が待ち受けているかは誰にも分からない。アッシュは再び雑魚兵を前方に送り出し、森の奥深くへと足を進めた。彼の目は、常に周囲を警戒し続け、その一挙手一投足には慎重さが滲み出ていた。


 戦闘の指揮は元老院の兵士たちに任せたが、アッシュの役割は終わっていない。彼は雑魚兵を駆使して、次なる危険を探知する。森の中では、いつ奇襲が起こるか分からない。だが、それこそがアッシュの真価を発揮する場面だ。彼の冷静な判断と戦略的な思考が、隊を無事に導く鍵となる。


 森の奥には、さらなる脅威が待ち受けているだろう。それを予見しながらも、アッシュは決して動揺することなく、前進を続けた。


あとがき

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