第39話 街への侵入③

 街の中央部に位置する庁舎は、かつての賑わいとは程遠い、重苦しい静寂に包まれていた。かつては市民が行き交い、様々な議論が交わされていたこの場所も、今や帝国軍の監視下にあり、広場の活気は失われていた。


 庁舎の奥へと続く長い廊下を、アッシュ・リードたちと協力することになった街の住人が歩いていた。彼の胸には緊張が渦巻いており、何度も立ち止まりそうになるが、自分が背負っている使命の重さを思い出し、一歩一歩を力強く踏みしめた。彼が伝えようとしている情報は、街の未来を左右する可能性がある。足音が響く廊下はまるで、彼の不安を増幅させるかのようだった。


 やがて彼は、街長の執務室の前にたどり着いた。重厚な扉を前にし、一度深呼吸をして心を落ち着ける。そして、慎重にノックをする音が、廊下の静寂を切り裂いた。


「入れ。」中から低く落ち着いた声が聞こえた。


 住人は扉を押し開け、部屋に足を踏み入れる。そこには、疲れた表情ながらも威厳を崩さない街長が、深々とした椅子に座っていた。彼の横には、数名の補佐官が控えており、全員が深刻な表情をしていた。


「どうした?」街長は静かだが鋭い視線を住人に向けた。その声には、状況を的確に判断しようとする緊張感が滲んでいた。


 住人は一礼し、口を開いた。「街長様、私は森から進軍してきた共和国の部隊と接触しました。彼らはこの街を帝国から解放するために来たと言っています。」


 街長の眉が僅かに動き、補佐官たちの間にもざわめきが広がった。「共和国の部隊が…この街を?」


「はい。彼らは光る玉が結界の発生源であり、それを破壊しない限り街に入ることができないと考えています。そして、街の現状について詳細な情報を求めています。」


 街長はしばらく黙り込んだ。部屋の中に重い沈黙が流れる。やがて、街長は深く息をついて話し始めた。「あの光る玉が結界の発生源であることは事実だ。しかし、現在の街の状況は極めて危うい。森とは反対側の結界は、すでに帝国軍に破壊されてしまった。彼らはその場所を強く警戒している。」


 補佐官の一人が口を挟む。「街を囲む結界は、もはや森の魔物の侵入を防ぐためだけにしか機能していない。我々には街全体を守る力が残っていないのだ。」


 住人は街長の話に耳を傾けつつ、さらに問いかけた。「では、街の結界を維持するための魔石はどうしているのですか?」


「帝国軍が街を占領して以来、彼らは結界の維持と戦力強化のために魔石を徴収している。結界魔法使いが万が一に備え、敵の侵入を防ぐために結界を維持しているが、余剰の魔石は隣接する街へと送られている。さらには、攻撃魔法使いが帝国軍の指示のもと、街の防衛ラインを超えて侵入してきた敵軍を殲滅するために魔石を補充しているのだ。」


 街長の言葉に、住人は重苦しい思いを抱いた。この街はすでに帝国軍の支配下にあり、彼らの手で魔石が集められ、結界を維持するための装置に利用されている。住人は、自分が聞いた情報をどう共和国の部隊に伝えればよいのか、考えを巡らせていた。


「街を取り戻すためには、結界を無効化し、帝国軍を街から追い出さなければならない。しかし、今の状況ではそれは非常に困難だ。」街長は静かに続けた。「君たちの意図は理解している。しかし、帝国軍の警戒と結界の存在が、君たちの進軍を阻むだろう。」


 住人は深く頷き、一礼して部屋を後にした。長い廊下を再び歩きながら、彼はアッシュ・リードや元老院の兵たちがこの情報をどう受け止めるか、そしてどのように行動するのかを思案していた。帝国軍の支配から街を解放することは、単純な戦闘以上に困難な道のりであることを悟りながらも、彼は一筋の希望を胸に、仲間たちの元へと急いだ。


 彼が外に出た時、街の住人たちが再び集まり始めていた。帝国の圧力に屈しない彼らの意志が、街を取り戻すための最後の希望となるかもしれない。住人は、共和国の部隊がその希望を具現化してくれることを信じ、再びアッシュたちとの合流地点へと足を進めた。


あとがき

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