第31話
江ノ島龍神退治から十日後の大庭景親屋敷大広間。ここでは御霊と景親の孫娘・お琴の婚姻が行われていた。
御霊とお琴は並んで座り、その傍らには景親が座っている。そこから居並ぶように鎌倉党の懐島景能、俣野景久、豊田景俊、梶原景時、景季親子が座っている。
景親は御霊に烏帽子をかぶせ、ぎょうぎょうしく告げる。
「御霊、お主はこれより元服し、片瀬村をそなたに預ける」
「はは」
景親の言葉に御霊は頭を下げる。
だが、真面目な場だと茶化したくなるのが大庭一族の悪い癖である。
「なんじゃ景親。御霊の元服が一番嬉しいのはそなたであろうが」
「その通りだ。儂らにも意見させよと言ったのに御霊の命名を自分だけでやりおって」
「この元服は景親兄者の一存ぞ。儂らに認めて欲しくば儂らにも御霊の名前を考えさせんか」
景能、景久、景俊の文句を景親は見事に無視を決め込んだ。そんな景親に向かって盃やお銚子をなげようとした景能達を、景時は咳払いでやめさせ、御霊のほうをみる。
「御霊、お主は今から鎌倉党の武士となる。その意識を持って日々を過ごすのだ」
「硬いっ、親父殿は相変わらず硬いっ。御霊のめでたき日くらい素直に祝えばよかろうにっ」
景時の言葉に景季が突っ込むと、景時がこんこんと景季に対しての説教を始めた。しかし、すでに景季は聞いていない。
「失礼します」
「邪魔するぜ」
そこに庭先に二人の武士がやってくる。その二人を見て御霊は嬉しそうに二人の名を呼んだ。
「義村殿っ、義盛殿っ」
御霊の言葉に三浦党の三浦義村は笑顔で会釈し、和田義盛が笑いながら手を振る。
「おお、三浦党の奴が何のようだっ」
「帰れ帰れ」
景久と景俊も笑いながらそんな言葉を放つ。言葉とは裏腹に声色には親しさがある。
江ノ島の龍神退治の後、三浦党と鎌倉党はお互いの領地には不可侵という約定を交わした。これには御霊の尽力があってのことだ。
そして三浦党内でも江ノ島龍神退治に参加した三浦義村と和田義盛は鎌倉党と友好的に接することを主張し、これが三浦党の惣領・三浦義明がいれたことで約定を交わすことといなった。
約定を交わした場所は鶴岡八幡宮。書面に名を記したのは鎌倉党の惣領・大庭景親と三浦党惣領・三浦義明。そしてその一族達もその書面に名前を記し、鶴岡八幡宮に奉納したのである。
ここに鎌倉と三浦の同盟ができた。
そして今日、御霊の元服と結納の儀式に、義村と義盛が代表してやってきたのだ。
義盛は景季に言い争いながら着座し、義村も座る。
そして景能が面白そうに口を開いた。
「それで景親。お主が三日間悩みぬいた御霊の名前を教えてくれんかの」
その言葉に全員の視線が景親に集まる。
その視線を受けるようにして景親は用意していた紙に名前を書き始める。
「御霊は儂の孫婿。鎌倉党の通字である『景』の字は与えられぬゆえ、儂の『親』の字を一字与え、初代鎌倉権五郎景正様の『正』の字を一字頂く」
そして全員にみせるように景親は書き上げた名前を読み上げた。
「片瀬子太郎親正。これがお主の名前ぞ」
「ははっ」
景親の言葉に御霊改め親正は真面目な表情で頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます