第18話

 晴れた日の中を御霊達は馬で三浦党の本拠である衣笠城へ向かっていた。景親、景久、景俊、景季、御霊の面々である。今回は大規模な天狗討伐であるのでそれぞれ大庭、俣野、豊田、梶原の郎党も連れての行軍であった。

「しかし、心なしな荒れているな」

 一行はすでに三浦党の領内に入っている。景季が呟いた通り三浦党の領内はどこか荒れており、人々にも活気が少なかった。

「天狗が暴れて随分とたつ。三浦の領内から逃散する民も少なくないそうだ」

「それでか」

 景親の説明に景季は納得の様子をみせる。道すがらの村では廃屋も少なくなかった。天狗の暴威にさらされて逃げ出す民がいてもおかしくない。

「これは必ず天狗供を討ち果たさねばなりませんね」

 使命感に燃えた御霊の言葉に景季が大笑いする。

「それはそうだがな。だが、俺は自分の命を賭ける気はないぞ。これは三浦の戦だからな」

「そうも言っておられまい。天狗がさらに勢力圏を広げれば次は梶原ぞ」

「その時はぶった斬ってやるまでよ」

 景俊の言葉に景季は自信満々に言い放つ。それに景久が呆れたように口を出す。

「たわけ。神通力を持たぬ景季では天狗は斬れまい」

「斬れるさ。少なくとも手足を斬って動きを止めることはできる。そうすれば御霊も安全に祓うことができよう。なぁ、御霊?」

 景季の笑いながらの言葉に御霊は苦笑する。

「兄上。この御霊も最近は武芸に励んでおります。そこまで世話されずとも天魔に遅れはとりませぬ」

「ははは、よう言うたっ。だったら今回の天狗退治、どちらが多くの天狗供を動けぬようにするか勝負だ」

「よいでしょう」

 笑顔でじゃれあう御霊と景季をみながら景久は景親に小声で話しかける。

「で? 御霊の武芸のほうはどうなのだ?」

「よくはなっている。だが景季には勝てまい。鍛えてきた時が違う」

「ま、そうであろうな」

 景親の言葉に景久は納得したように頷く。

 御霊は最近鍛えているとは言え元は漁民。産まれながらの武士で物心つく前から鍛え続けてきた景季とは勝負にならないだろう。

 だが、それでも景親にはその気持ちに強さが加わった御霊が心強かった。いずれは大庭御厨を守るための良き武士になってくれると信じているのだ。

 そんな景親に景俊は冷めた目を向けてくる。

「それで? 御霊にお琴との婚姻の話はできたのか?」

「……」

「景親兄者……」

 景俊の言葉に景親が汗を流しながら無言でそっぽを向く。それを見て景久は呆れたように景親の名前を呼んだ。

 景親は一度咳払いをすると御霊を呼ぶ。すると御霊も景能直伝の巧みな馬術で景親に近寄ってくる。

「なんでしょうか」

「見るが良い、あれが三浦党の本拠、衣笠城だ」

 その言葉に御霊は景親に示された先を見る。

 山の突き出た尾根に作られた巨大な城だ。

 その威容に御霊は仰天する。御霊は大庭御厨の住人のために見たことがある巨大な屋敷というのは景親が住む大庭館か景能の住む懐島館くらいだ。

 だが、三浦党の衣笠城は大庭館の倍以上の大きさを持っていた。

「お、大きいですねっ」

 興奮した面持ちの御霊を景親達は微笑ましそうにみる。

 しかし、それが気に入らないのが景季である。景季は吐き捨てるように口を開く。

「ふん、でかいだけよ。俺にかかればすぐにでも攻め落としてやるさ」

「その言葉はここまでにしておけよ、景季。衣笠城にもお主のように短慮を起こす者がおるかもしれん。天狗の前に三浦と戦など笑えぬからな」

 景親の念押しに景季は不満そうにそっぽを向いた。

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