第19話

 三浦党本拠衣笠城大広間。ここでは天狗討伐のために集まった鎌倉党と三浦党の面々が顔をあわせていた。

 鎌倉党は最上段から順番に景親、景久、景俊、景季。そして御霊は郎党達が纏まって座っている場所に混ざっている。

 それに向かいあう形で三浦党。景親に向かいあう形で座っているのが三浦義明。景親より二十は年長であろうが、背筋はぴしりと伸びていて威圧感がある。

 その義明が表情を崩して笑いながら口を開く。

「今回は三浦党の危機に助力をいただいて感謝する」

「天狗の問題は最早三浦党だけの問題にあらず、相模に住む者の問題として考えるべきだろう」

「その通りだ。だからこそ鎌倉党には感謝している。長年の遺恨はあろうともこうして助力してもらえるのだからな」

「誰が好んで三浦党に助力するか」

「なにぃっ。俺達とて鎌倉党の連中に助力されるなんて屈辱の極みだっ」

 景親と義明のやりとりを聞いていた景季が小さく吐き捨てると、三浦党側に座っていた景時の少し年下と思わしい虎髭の男性が片足と刀を掴んで立ち上がる。それを見て景季も刀を持って立ち上がり、お互いの郎党もいきりたつ。

「義盛」

「う……だけどよぉ、じっさま」

 義盛と呼ばれた男性は義明の視線に射抜かれてどかりと座りなおす。それを見て景季も舌打ちをしながら座り込んだ。

 それを見て義明は景親に頭を下げる。

「うちの者が申し訳ない」

「いえ、最初につっかかったのはこちらの景季です。こちらこそ申し訳ない」

「いやいや、みたところ景季殿はまだお若い。若いうちはそれくらい血気盛んなほうがよい。それに比べて義盛はもう分別がついてもよい年だ」

「じっさまっ。お説教なら後で受けるから鎌倉党の面々の前ではやめてくれっ」

 義盛と呼ばれた男の焦った声に、三浦党からは小さな笑いがでる。

 そして頃合いと見たのか義実がでてきて仕切り始めた。

「まずは集まっている者の紹介が必要ですな。鎌倉党からは大庭の景親殿、俣野の景久殿、豊田の景俊殿、そして梶原の景時殿が嫡男、景季殿が来てくださっております。そして三浦党からは三浦党の惣領……まぁ、鎌倉党の方々にも説明は不要ですかな。三浦の義明とその長子の杉本の義宗が嫡男の和田の義盛。そして三浦の後継者である義澄とその嫡男義村です」

 そこで御霊は景季とぶつかった虎髭の男性の名前が和田義盛ということに気づいた。この名前には御霊にも聞き覚えがある。三浦党の中でも随一の剛の者という噂だ。確かにかもしだす雰囲気や鍛え抜かれた体躯がその強さを物語っていた。

 義実の言葉を補足するように義明が口を開く。

「我が一族の多くは領地で天狗が呼び出した天魔の対応に追われておる。今回の天狗供を討つのに出せるのはここの面々だけだと思って欲しい」

「道中、三浦党の現状を拝見させていただいた。よくぞ持ちこたえている、と言ったところですかな」

 景親の歯に衣着せぬ物言いに義盛が立ち上がろうとするが、隣に座っていた義澄に止められていた。

 それを気にせずに義明は笑いながら口を開く。

「まったくもってその通り。息子達はよくやってくれておるが肝心の天狗を討つには我ら三浦党には神通力を持つ者がおらん。儂があと十は若ければ儂自ら出向いて斬ってやるのだがな」

「やめてくだされ」

 義明の言葉に義澄が表情を変えずにぴしゃりと言い放つ。それを聞いて義明は額をぺチンと叩く。

「とまぁ、この通りでな。まぁ、儂も肝心の神通力はだいぶ弱まった。天狗を討つことはできまい」

 義明はそこまで言うと真剣な眼差しで景親を射抜く。

「景親よ、鎌倉党には強大な力を持った陰陽師がいると聞く。義実からその者はまだ若いともな」

 その言葉に景親は御霊に目くばせする。それに気づいた御霊は郎党達の中からにじみ出て頭を下げる。そして景親が口を開いた。

「儂の郎党で御霊と申す者です」

 景親の言葉に三浦党の面々の視線が御霊に集中する。その威圧感のこもった視線に丹田に力を込めてたえながら御霊は頭をあげて口を開く。

「大庭の景親が郎党、御霊と申します」

「まだ童じゃねぇかっ」

 義盛の怒声に引き下がることなく、御霊は力を込めて見つめ返す。

「いや、驚いた。岡崎に現れた死鬼を討った鎌倉党の陰陽師がこの義村より若いとは」

 そしてそんな御霊を庇うような言葉を発したのは三浦義村であった。

 御霊が驚いたように義村をみると、義村は小さく笑ってからまだ不満そうにしている義盛に向く。

「義盛殿、私は鎌倉党の陰陽師は若いですが腕利きと聞いております。現に岡崎のじっさまのところに現れた死鬼を討ったはこの御霊とのこと。そして鎌倉党の強さは戦ってこられた義盛殿もよくご存知のはず」

「う、ぬ。まぁ、そうだが」

 流れるように言葉をつむぐ義村に義盛は複雑そうな表情で頷く。それを見て義村は畳みかけるように口を開く。

「我ら三浦党にその強敵であった鎌倉党の方々が力を貸してくださるのです。これは我らを悩ませている天狗を祓う絶好の機会ですぞ」

「ぐぬぬぬぬぬ」

 義村の言葉に歯ぎしりをしながら天井を見上げる義盛。

 そして義盛は何か思いついたかのように景久をみる。

「おいっ、俣野のっ」

「なんだ和田の」

 義盛の突然の言葉に景久は落ち着いて返している。

「お前の息子を討ったのは俺だっ。だからお前は一発俺を全力で殴れっ。俺の弟を討ったのはお前だっ。だから一発全力で殴らせろ。それで納得してやるっ」

 義盛の言葉に景久は景親をみる。景親が黙って頷くのをみると景久は立ち上がった。それをみて義盛も立ち上がり大広間の中央でお互いに睨みあう。

「おもいっきりいくぞ」

「おうっ。こいっ」

 義盛の言葉に景久は義盛を殴る。景久の剛力から生み出された拳はすさまじい音をたてて義盛の頬に吸い込まれ、その勢いのまま義盛は吹っ飛ぶ。

 そのあまりな威力に御霊は唖然とするが、景親と景俊は落ち着いており、景季に至っては楽しそうである。

 そしてほんの少し意識を飛ばしていた義盛は勢いよく立ち上がり中央に戻ってくる。口を切ったのか少し血を垂らしているが、そんなことはお構いなしだ。

「今度は俺の番だっ」

「こい」

 景久の言葉と同時に義盛からもすさまじい威力の拳が放たれ、景久の頬へと叩き込まれる。その音に御霊はまたも身をすくませるが、景久はすさまじい精神力と大幹で微動だにしない。

 そしてそんな景久をみて義盛は満足そうに頷く。

「よしっ、これでいいっ」

「義盛、納得したか?」

「おうっ。もう俺にも異論はないぞ、じっさま」

 義明の言葉に義盛は笑いながら頷く。するとその笑顔から歯が一本抜け落ちた。

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