第20話
「天狗供は基本的に日頃は三浦領内を飛び回っておるが、夜になると必ず戻ってくるところがある。それがここ」
鎌倉党と三浦党の中央に置かれた大きな地図、それをみせながら義澄は説明をする。その義澄が示したの山。
「我ら三浦党の氏神である十二天。天狗供はここを本拠地にしておる」
「俺達の氏神である十二天に巣食うとは憎々しい連中よっ」
義澄の言葉に義盛が心底憎いという風情で吐き捨てる。
義村が義盛を宥めるのを片目にいれながら景親は義明に問いかける。
「義明、天狗供がそこに巣食う理由はあるのか?」
「龍脈だろうな」
景親の問いに義明は即答する。
龍脈。天狗や鬼などの天魔の源であると同時に天敵でもある神通力。これが大きく血管のように大地に走っているのだが、これが龍脈と呼ばれる。
「十二天は三浦党領内の龍脈が集まる土地。それゆえに儂はあの土地に三浦の氏神となる鎮守を設けた。そして龍脈の力は天狗や鬼にとっては垂涎ものよ。そう考えれば天狗供は賢いとも言えるな」
「龍脈の力で天狗供の力が増している、ということか?」
「左様」
「となると正面から攻めるは愚策、か」
「実はそうも言っていられないのだ」
景親の言葉を否定したのは義澄であった。鎌倉党の視線を受けながら義澄は説明を続ける。
「天狗供は十二天の龍脈を好きにし、その反動で三浦領内には天魔が数多く現れている」
「よもや百鬼夜行となったか?」
景親の言葉に黙って聞いていた御霊の背筋が思わず伸びる。
百鬼夜行。御霊も聞いたことしかないが、天狗や鬼といった神に属する天魔がその名の通り百匹以上現れる現象のことだ。この国の長い歴史の中でもたびたび天魔達により百鬼夜行が引き起こされ人との争いになる。現に現在、都を抑える平家の人々はたびたび引き起こされる百鬼夜行に悩まされている。
国を牛耳る人々をも悩ませる現象が起きている。その事に御霊は緊張したのだ。
だが、義澄は景親の言葉に首を振る。
「今はまだ百鬼夜行にはなっていない。まだ、な」
つまり近いうちに百鬼夜行が発生するということだろう。黙って聞いていた景俊は難しい表情をしながら口を開く。
「これは三浦党だけの問題ではなくなってきたな。百鬼夜行が起これば我らの土地にも影響がでるぞ」
「百鬼夜行だけで済めばよい。百鬼夜行に江ノ島の龍神が加わってみよ。相模が消えるぞ」
義澄の言葉に景俊は唸りながら黙り込む。確かに百鬼夜行に江ノ島の龍神が加われば相模国が消えかねない。それこそ都の陰陽寮の陰陽師の出番であろう。
全員を見渡しながら義明は口を開く。
「幸いなことに江ノ島の龍神は天狗供の動きに無関心だ。その無関心でいる間に天狗供を祓うしかあるまい」
「おうよっ。すぐに行こうぜっ」
義明の言葉に勢いよく立ち上がった義盛を、義明は苦笑して止める。
「義盛、討伐は明日の夜だ」
「へ? なんでわざわざ一日待つんだ、じっさま」
義盛の問いに義明は御霊をみる。御霊も背筋を伸ばして見つめ返す。そんな御霊を微笑ましくみながら義明は口を開く。
「さて、鎌倉党の若き陰陽師よ。天魔供が力にするのはなんだと思う?」
義明の問いに御霊は少し考えてから口を開く。
「まず自然の気。次に大地の力・龍脈かと」
御霊の言葉に満足そうに義明は頷く。
「うむ、天魔供は主にその二つを糧とする。だが、実はもう一つあるのだ」
「それはなんでしょう」
御霊も陰陽師としてはほとんど独学だ。景親が都で手に入れてきた書物等で主に学んできた。だが、三浦党の長老である義明は帝から直接命令を下されて九尾の狐の討伐にでた凄腕の陰陽師である。学ぶことは多い。
そして義明はぴしりと天井に指を向ける。
「月明りよ」
「月明り……ですか?」
「左様。天魔供が蠢くのは夜間ばかり。それは月明りから力を奪っているからにならん。これは木端天魔であろうが九尾の狐であろうが変わりはしない」
そして御霊ははたと気づく。
「そうかっ、明日は暗月の日っ」
「そう、奴らは月明りの力を使えん。我ら人が天狗という神を討つにはこの日しかあるまい」
義明の言葉に御霊は興奮気味に頷く。言われてみれば確かに暗月(月のない夜)の日には天魔が弱かった。それに思い至ったのだ。
そんな興奮している御霊を笑いながら見ながら義明は景親をみる。
「景親殿、御霊殿を今日儂に預けてくれぬか? この若い陰陽師に儂の経験を教え込みたい」
「景親様、私からもお願いいたしますっ」
義明の言葉に御霊も景親に向かって頭を下げる。それをみながら景親は頷いた。
「御霊、よく学べよ」
「はいっ」
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