第21話

 暗い衣笠城の中を御霊は歩く。義明からの教えは深夜にも及んだが、御霊は新たな知識に興奮気味であった。

 この知識でさらに景親様のお役にたてるっ。

 自分の陰陽師としての力量が景親への恩返しになると御霊は信じていた。

「おう、終わったか御霊」

「兄上」

 そして御霊に声をかけてきたのは縁側に座って酒を飲んでいた景季であった。そして景季の隣にいる人物に御霊は驚く。

「義村殿ではないですか」

「お疲れではないですか、御霊殿」

 笑顔で話しかけてくる義村に困惑しながら御霊は景季をみる。すると景季はそっぽを向きながら口を開く。

「この男が俺の隣に勝手にいるのだ。一緒にいるわけではない」

「ははは、一緒に酒を酌み交わした仲ではないですか」

「貴様が勝手に飲み始めたんだろうがっ」

 義村の言葉に景季が怒鳴ると、笑いながら義村はそれを無視して御霊に話しかける。

「なに、共に戦うのに親父殿達は仲良くする気がないようなのでね。私は景季殿や御霊殿とも年が近いので仲良くなろうと思ったのですよ」

「俺は三浦党の奴と仲良くする気なぞないっ」

「ははは、それでも私に付き合ってくれている景季殿はお人がいい」

 義村の言葉に景季は顔を真っ赤にして立ち上がる。だが、御霊をちらりと見てまたどかりと縁側に座った。

 それをみて義村は笑顔を浮かべながら御霊に話しかける。

「御霊殿も一献いかがですか?」

「は、はぁ。失礼いたします」

「御霊、その男の隣は駄目だ。俺の隣にこい」

「は、はい」

「おや、無理強いはよくないですよ景季殿」

「ふん」

 義村の言葉を無視しながら景季は盃をいきおいよく傾ける。その姿に苦笑しながら御霊は景季の隣に座る。すると義村が盃を差し出してきた。それを御霊は慌てて受け取る。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、まずは御一献」

 そう促されて御霊は盃を傾ける。一息に御霊が飲みきると義村が笑顔で酒壺を差し出してくる。

「よい飲みっぷりですね。もう一杯いかがですか?」

「あ、はい」

 促されたので再びもらおうとした御霊であったが、景季が義村の持っていた酒壺を奪い、一気に飲み干してしまう。

 酒臭いげっぷをだしながら景季は義村を睨む。

「酒に弱い御霊を酔わせて鎌倉党の情報でも抜こうと思ってか? そんなことはさせんぞ」

 景季の言葉に義村は苦笑しながら肩を竦める。

「残念ながらそんなこと考えてはいませんよ。あえていうなら個人的興味です」

「興味だと?」

 景季の言葉に義村は酒壺と地面に置きながら説明をする。

「三浦のじっさまは若いころ帝から命令されるほどの陰陽師でした。ですがその子供や孫……まぁ、私も含めて神通力を扱える者は産まれませんでした。言葉には出しませんでしたが、三浦のじっさまにはそれが無念だったようで」

「それで御霊に嫉妬でもしたか?」

 景季の言葉に御霊は驚いた表情になる。そんな御霊をみながら義村はからからと笑う。

「ははは、まさか。私は単純に嬉しかったのですよ。三浦の者として三浦のじっさまの陰陽師としての技が失われることが嫌でした。ですが、それを継いでくれる者がでたのですから。三浦のじっさまの教えはどうでしたか?」

 義村の言葉に御霊は威儀を正す。

「多くのことを学ばせていただきました」

 御霊の言葉にニッコリと義村は笑う。

「三浦のじっさまの力。よろしく頼みます」

「微力を尽くします」

 そして御霊は深々を頭を下げた。それは義明の技に敬意を示し、敵対している者にそれを継がせねばならなかった義村の無念を思ってだ。

 そんな御霊の気持ちとは裏腹に義村は機嫌よさそうに口を開く。

「御霊殿に奥方はいらっしゃいますか?」

 義村の突然の質問に御霊は顔を真っ赤にする。それは奥方と言われた瞬間にお琴のことが頭に浮かんで恥ずかしがったからでもあった。

「そ、そんな。私にはまだ早いです」

「何をおっしゃる。御霊殿は相模国でも数少ない陰陽師。早くに身を固められるにこしたことはないでしょう。いかがですか? 幸い年の近い私の妹がおります。妻にどうでしょう」

 笑顔で畳みかけてくる義村に御霊はどうしていいか視線を彷徨わせる。

 すると不機嫌そうな顔で景季が身を乗り出してきた。

「そこまでにしろよ三浦の。御霊は景親伯父の孫娘・お琴と夫婦になるのだ」

「え?」

「え?」

 景季の言葉に思わず御霊は聞き返し、景季も何故聞き返してくるのかと問い返してしまった。

 しばしの無言の空間。やってしまったという表情の景季と困惑顔の御霊、そして面白そうに眺めている義村。

「あ、あの、兄上」

「あ~、しばらくしたら景親伯父から話があるはずだ。それまでは聞かなかったことにしてくれ」

「は、はい」

 景季の言葉に御霊は顔を真っ赤にして頷く。御霊とてお琴に好意を持っている。しかもお琴は尊敬する景親の孫娘だ。自分とは到底釣り合わないと思っていたところに、突然の話である。さらに景季が知っているということは鎌倉党の中ではすでに決定事項として扱われているのだろう。

 その事実に御霊は真っ赤になった顔を手で仰ぐ。それを見ながら義村は楽しそうに口を開いた。

「やってしまいましたな、梶原殿」

「やかましい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る