第22話

 鎌倉党と三浦党は天狗討伐のために、天狗達が巣食う十二天へと向かう。

 先導する三浦党の背中をみて歩きながら、御霊は隣を歩く景親をちらりと見上げる。

 いつもの好々爺然とした優しい表情ではなく、難しい表情をして歩いている。

 いけないいけない。これから天狗との戦いなのに、私だけ何を浮ついているんだ。

 昨日、景季から聞かされたお琴との婚姻の話。その話が御霊の頭の中に巣食っていた。事実だとすれば嬉しい。だが、今はそんなことを聞ける空気ではない。

「もう天狗供の領域に入るぜ」

 先頭を歩いていた義盛の言葉に全員に力が入る。その空気に当てられて御霊も表情を改めた。

 一つずつ、一つずつ。着実にこなす。これも景親様の教え。

 御霊は短刀を掴むと大きく深呼吸をする。そしてはたと景親と目が合った。

「景親様、どうかなさいましたか?」

「む、いや……」

「「景親兄者」」

 言葉を濁そうと思った景親であったが、近くにいた景久と景俊から促され、難しい表情をしながら口を開く。

「この天狗討伐が終わった後に、大事な話がある」

「あ、はいっ」

「だが、まずはこの天狗討伐だ。油断するなよ」

「はいっ」

 景親の言葉に御霊も真剣な表情で返事をする。そして討伐に来た三浦党の義盛、義澄、義村。鎌倉党の景親、景久、景俊、景季も刀を抜く。それを見て御霊も短刀を引き抜いた。

「いくぞっ」

 義澄の掛け声と共に全員は一斉に十二天の長い階段を駆けあがる。若い景季と義村、まだまだ働ける義澄と義盛、そして老齢の域に入っている景親、景久、景俊も勢いよく階段を昇りる。それぞれの郎党達もそれに続いたが、体格の差もあって御霊は少し遅れた。

「天狗供っ。好き勝手するのも今日までぇっっとぉっ」

 一番先頭で昇り切った景季が突風と共に階段から落とされそうになる。それをすぐ後ろにいた義村が片手で木に捕まりながら受け止めた。

「三浦のっ。感謝してやるっ」

「それはありがたい」

 そんな会話をしながら景季と義村は十二天のほうを睨みつける。

 十二天の祠の周囲の木々に十三匹の天狗がいた。鴉のような翼を持ち、手には錫杖、そして一本下駄を履いている。

 そんな十三匹の天狗達は御霊達をせせら笑う。

「惰弱な人間供が何やら吠えておるわ」

「怖い怖い、まさかあれだけの人数で我らと戦おうてか」

「無知とは哀れよの。我らとの力の差を理解しておらぬ」

 そう言い合いながら天狗達は大笑いをする。

 そんな天狗達を睨みつけながら景親は小声で御霊に話しかけてくる。

「義明殿から教わった結界の準備は」

「できております」

「では頼む」

「はいっ」

 景親の言葉に義明から教わった呪言と手印を御霊は素早く切る。

「天魔結界『空』っ。九九如律令っ」

 御霊がその呪言を唱え終わり、手印を切った瞬間に十二天を含む空間が結界に囲われる。

天狗の一匹が驚いた様子で口を開いた。

「これは鞍馬天狗殿が作り出した結界っ、小僧っ、貴様陰陽師かっ」

「よっしゃぁっ、いくぜお前らっ」

 天狗の反応を最後まで聞くような真似はせず、義盛は郎党を引き連れて天狗達に斬りかかる。それを錫杖で防ぎながら天狗も叫び返す。

「甘くみるなよ人間っ、たとえ我らの力を削ろうとも、そうやすやすと人間に遅れをとつ我らではないぞっ」

「うるせぇっ、死ねっ」

 戦いやすいように散らばった天狗達に対応するように御霊達も郎党を連れて分散する。御霊も結界を維持しつつ景親の後を追った。

 そしてある場所まで来ると景親が追った天狗二匹は景親達と向き直る。

「暗月の襲撃、そして結界。随分と人間供は我らが恐ろしいとみえる」

「神に数えられ、人よりもずっと強い天狗供を相手にするのだ。勝つためならなんでもするぞ」

「かかか、その考え嫌いでない。だが、我らもそうやすやすとやられはせんぞっ」

「相手は天狗ぞっ、全員覚悟せよっ」

 飛び掛かって来る天狗をみながら景親が檄を飛ばすと、郎党達からも鯨波の声があがった。御霊も短刀ではなく、刀を抜き天狗を見据える。

 一匹の天狗は郎党達の中に入って錫杖で渡り合っている。もう一匹は景親が相手をしていた。

 御霊は動き回りながら両方の天狗を睨み据える。天狗を討てるのは御霊だけ。神通力を持たない景親や郎党では天狗を傷つけることはできても致命傷を負わせることができない。天狗もそれがわかっているからこそ、自分の多少の傷は気にせずに大立ち回りをすることができる。

 だが、御霊には天狗を討つ手段がある。

 郎党を相手に大立ち回りしていた天狗が着地した瞬間を狙って御霊は刀を構えて突っ込む。

「はぁぁぁっ」

「ぬっ」

 そして御霊の刀は天狗の心臓を貫いた。傷口をみながら驚愕の表情を浮かべる天狗。

「回復しないだとっ」

「終わりだぁっ」

 そして御霊は刀を引き抜くと天狗の首を飛ばした。離れた天狗の首と胴は光の粒子になって消えた。

 そしてそれをみてもう一匹の天狗が驚きの声をあげる。

「しまったっ、その小僧が陰陽師であったかっ」

 ここにきて景親と義明の罠に天狗が完全にかかっていたことを御霊は知る。

 景親は陰陽師の恰好を義澄にさせていたのだ。そのせいで義澄のところには多くの天狗が向かっただろう。

 だが、それこそが景親と義明の罠であった。まず陰陽師の義澄はそれらしい素振りをみせながら天狗達を牽制、その隙に郎党にまぎれた御霊が一匹ずつ確実に仕留めていくことにしたのだ。

 そしてそれはうまくいった。御霊は一匹の天狗を討つと即座に郎党の中に混じる。御霊は元々が景親の郎党だ。その中にまぎれるなどいつものことと言ってもいい。

 そして天狗は再び御霊を見失ったのか、襲い掛かる武器を必死になって捌き始めた。

「どこだっ。どこにいる陰陽師っ」

「それで声をだすわけがなかろう」

 景親はそう言いながら天狗に斬りかかる。景親の太刀筋は捌くことを許さず、鍔迫り合いとなった。

「人間っ、貴様っ」

「我ら人間は貴様ら天魔より遥かに力が劣る。ならば知恵をだすのは当然であろう?」

「貴様ぁぁぁぁっ」

 怒り狂った天狗は景親の刀を弾く。景親がその力を利用して一歩下がると、景親の両側から郎党が武器を構えて突き出してくる。

 天狗は慌てた様子で後方に飛びながら避けると、それにあわせるように景親は踏み込む。

 そして景親の刀と天狗の錫杖が再び鍔迫り合いとなる。

 怒りに染まった表情をしながら天狗は景親を睨みつける。

「人間っ、貴様っ」

「そら、儂らの刃が届くぞ」

「なに……ごはっ」

 そしてそんな隙を御霊は見逃さなかった。他の郎党と共に天狗の背後に回ると、刀に神通力を込めて天狗を刺し貫いた。

「おのれ……、人間の分際で……」

 そう言っている天狗を御霊はとどめを刺すように顔面に刀を突き立てる。すると天狗は断末魔の声を残しながら粒子となって消えた。

 いなくなった天狗を確認してから御霊は大きく息を吸う。すると頭を景親に撫でられた。

「よくやってくれたな、御霊」

「い、いえっ。景親様と義明様の策。それに他の皆さんのおかげですっ」

 御霊の言葉に笑顔で手をあげてくる景親の郎党達。そして郎党達も御霊の頭を撫でたり背中を叩いたりしている。

 そんな郎党達の微笑ましいやり取りを笑顔で見つつ、景親は手を叩く。その音に全員の視線が景親に向いた。

「これで残りの天狗は十一匹。同じように着実に倒すぞ」

 景親の言葉に御霊を含めた郎党達からは鯨波の声があがったのであった。



 結果的に三浦党領内で暴れていた天狗達の討伐は成功した。景親と義明の策が完全に当たったのである。一匹ずつ着実に討伐していった結果、夜が明ける頃には全ての天狗の討伐に成功したのだった。

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