第23話
三浦党本拠衣笠城大広間。ここには討伐に参加した鎌倉党や三浦党全員が集まっていた。
その中で御霊は鎌倉党と三浦党が飲んでいる場所と郎党達が集まって騒いでいる中間地点でぼんやりと全体を眺めていた。景親は義明、義澄と話しており、景久と景俊もそれぞれの領地を守っていた義澄の兄弟達と盃を交わしている。こういう時に一緒にいてくれる景季は義村に連れていかれて何やら怒鳴っている。おそらくはからかわれているのだろう。
「おおっ、こんなところにいたのかっ。探したぞっ」
「これは義盛殿」
そんな御霊のところにやってきたのはもうよほどの量を飲んでいるのであろう顔が真っ赤な義盛であった。
御霊が礼儀正しく頭を下げようとするのよりはやく、義盛は御霊の正面にどかりと座った。
「見事な働きだったなっ。あの調子に乗った天狗供の虚を突かれた表情は傑作だったぞっ」
そう上機嫌に笑いながら義盛は御霊の盃に酒をそそぐ。それを一礼して飲み干してから御霊は銚子をとって義盛の盃に酒を注ぎながら口を開く。
「義盛殿の剛勇にも驚きました。まさかお一人で天狗を押さえつけるとは」
御霊の言葉に義盛は上機嫌に盃を干してから口を開く。
「ははは、俣野のは一人で天魔を押さえつけると聞いたからなっ。だったら俺も一人で天狗を抑えることくらいやってみせなければ」
その言葉に御霊は苦笑しながら再び義盛の盃に酒を注ぐ。義盛はそれを嬉しそうに受けてから再び盃をあおった。
「それで? 俺のところにやってきた時にはすでに俣野のも一緒だったが、奴はどのような働きをしていた?」
義盛の言葉に御霊は景久をみる。景久は少し機嫌よさそうに酒をあおり、話をしている。
それを見ながら御霊は口を開く。
「景久様はお一人で天狗二匹を相手どっておりました」
「ぶふぉっ」
思わずといった感じで義盛が噴き出した酒は御霊の顔にかかった。それを御霊は苦笑しながら拭う。
義盛が驚くのも無理はない。天狗を一匹を一人で相手にするだけでもかなりの剛勇だ。それを一人で押さえつけた義盛も相模でも有数の剛の者なのは間違いない。
しかし、景久はそれをさらに上をいった。なんと一人で天狗二匹を相手どり、郎党に一匹を任せる形で戦っていたのだ。最初にそれをみた御霊も唖然とした。しかし、景親やその時に合流していた景俊は普通に郎党達に指示をだして戦いを始めていた。
呆気にとられていた御霊であったが、天狗二匹をそれぞれ片手で押さえつけた景久に声をかけられて慌てて祓ったのだ。
景久の剛勇は知っているつもりであったが、神に等しい存在である天狗相手にも全くひけをとらないその剛勇は恐ろしいものでもあった。
「二匹……二匹かぁ……くっそぉっ、俺だってそれくらいできるぞ俣野のぉっ」
義盛の叫びにみなからは囃し立てる声がおき、景久は面倒そうな表情になった。そんな景久をみて義盛は勢いよく立ち上がって外を指し示す。
「相撲で勝負しろ俣野のっ。俺のほうが強いことを見せつけてやるぞっ」
「おい、三浦の頭領。お前さんのところのがなんか騒いでるぞ」
景久の言葉に義明は好々爺然とした表情をしながら口を開く。
「ほう、負けるのが怖いのか?」
「景久、相手をしてやれ」
義明の挑発に景親が言い添える。その言葉に郎党達は大騒ぎしながら相撲の場所をつくり、その中央に義盛は腕を回しながら向かっていく。
それをみて景久も首を鳴らしながらその場所へと向かっていく。
「景久様」
「おお、よくみておけよ御霊。儂はまだ三浦の奴に負けんからな」
「はい」
そんな景久についていく形で御霊も立ち上がって相撲の場所へと歩いていく。そして景久と義盛はお互いに上を脱いだ形で向かい合う。
そして郎党の一人の合図でお互いにがっちりと組みあった。
囃し立てる郎党達に混ざって御霊は景久を応援する。短い付き合いであるが義盛が好感をもてる人物なのはわかった。義盛だけでなく三浦党の人々も鎌倉党の人々と変わらず良い人が多い。義平討伐の時には岡崎衆との接触は少しであった。だが、今回の天狗討伐は短期間であったが三浦党と一緒にいたし、寝食を共にした。
そこで御霊が感じたのは同じ人であるということであった。
御霊にはわからないが色々な部分で三浦党と鎌倉党は争っている。だが、今回の天狗討伐のように絶対に手をとりあえないわけではないのだ。
「鎌倉党と三浦党、互いに手を取り合えればいいのだけれど」
「私も同感ですよ」
ぽつりと小声で呟いた言葉を拾ったのはいつのまにか隣に来ていた義村であった。
「これは義村殿。兄上は?」
「少々飲ませすぎたようで潰れてしまいました」
義村の言葉に御霊は軽く戦慄する。景季は酒が弱くない。むしろ強いほうだ。そんな景季を潰しておきながら平然としている義村に軽く震えた。
そんな御霊の驚きをよそに義村は口を開く。
「三浦党と鎌倉党。お互いがお互いに敵視している……まぁ、敵視だけでなく実際に戦にもなっている我々です。相手の強さは自分達がよく知っています。なればこそそれを味方にできた時の心強さもわかっているのです」
「手を取り合うことはできないのですか?」
御霊の疑問に義村は苦笑する。
「今手を取り合うということは平家の覚えがめでたい景親殿の下に三浦党がつけられるということです。それはじっさまを始めとした長老衆が嫌がります」
「義村殿はどうなのです?」
御霊の言葉に義村はニヤリと笑って声を小さくする。
「私は鎌倉党の下についてもよいと思っています。何せ今は平家の世の中。生き残るために景親殿に近づいたほうがいいのは赤子でもわかります。現に相模の者のほとんどは景親殿に従っています」
「ですが三浦党はそれをしない」
「鎌倉党との対立が長すぎたのでしょうね。そして相模で源氏の一の家人としての自負がじっさま達にはあります」
源氏。今都を牛耳っている平家との権力争いに敗れた一族。岡崎に死鬼として現れた義平もその一族だ。
だが、元漁民である御霊には源氏と平家の争いは遠い人々の出来事だ。景能から戦いの時の話をきくことはあったが、自分には関係のない世界であったと思っている。
だからこそ御霊は素直に聞いた。
「あるいは源氏の下でだったら鎌倉党の三浦党が手を取り合えるかもしれませんね」
御霊の言葉に義村は上機嫌に笑う。
「源氏であればじっさま達は喜んでついていくでしょう。あとは景親殿の説得ですが……そこは御霊殿に期待しましょう」
「わ、私ですか」
「御霊殿は景親殿の信頼があついご様子。期待していますよ」
義村の笑いながらの言葉に御霊は困ったように眉尻を下げる。そんな御霊をみて義村はからからと笑いながら言葉を続ける。
「まぁ、我らの上にたてそうな源氏がいらっしゃいませんからね。なんでも伊豆に義朝殿の息子がいるそうですが……まぁ、平家に見張られているでしょうし無理でしょうな」
「となると鎌倉党の三浦党は仲良くできないのでしょうか」
御霊の言葉に義村はにっこりと笑った。
「我らでうまくやっていきましょうぞ、御霊殿」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます