第24話
御霊は景親に呼び出され、広間にて向かい合って座っている。御霊は緊張した面持ちで背筋を伸ばし、景親は難しい表情で顔をしかめている。
無言の空間。これがすでに判刻ほど続いている。
最初は景能、景久、景俊達もいたのだが、一向に話を切り出さない景親に呆れ、庭にでて集まっていた子供達の相手をしている。
景親がちらりとそちらをみると、御霊もついそちらに視線を向けてしまう。
二人の視線の先には景親の孫娘であるお琴がいた。お琴は年少の子供達の面倒をみつつ、お転婆に遊び回っている。
その姿をみて景親は一度咳払いをする。すると御霊は再び背筋を伸ばして景親を見つめる。そして景親は真面目な顔をして口を開いた。
「御霊、お主はお琴をどう思っておる?」
その言葉に御霊は景季がこぼした御霊とお琴の婚姻を景親が考えているということを思い出す。
少し顔を赤らめながらも御霊は口を開く。
「とてもよきかたと思っております」
「む」
景親としては好いている、もしくは憎からず思っているという返答を期待したのだが、御霊の返答は少しズレていた。
再びの無言。
そこに入ってきたのは縁側に座って子供達を眺めていた景能であった。
「景親、お主いつまで話をしないつもりじゃ。お主は大庭党の頭領ぞ。その様では景兼にその座を譲ったほうがよいのではないか?」
「む」
景能の言葉に景親は眉間に皺を寄せて黙り込む。
そして両手で気合を入れるように頬を叩いた。
そして今度は覚悟を決めた表情で口を開く。
「御霊、お琴を嫁にもらって欲しい」
その言葉に御霊はこれ以上ないくらい背筋が伸びきる。一方で景親も返答を緊張するように待つ。そして景能は「ようやく景親がいったぞ」と言って景久と景俊を呼び寄せた。
大庭四兄弟の視線が集まる中、御霊は狼狽しながら口を開く。
「わ、私でいいのでしょうか」
御霊が景季からこの話を聞いてしまってからずっと思っていた気持ちだ。
確かに御霊はお琴と仲が良い。しかし、お琴は大恩ある景親の孫娘なのだ。そんな人を自分が嫁にもらっていいのか。景親の孫婿になるということ。それは景親の家人の中でも特別な地位となることである。自分にそんな資格があるのか。それを御霊は悩んだ。
だが、景親の言葉で御霊も覚悟を決める。
「御霊でなければ駄目なのだ」
自分でなければ駄目。それは景親を尊敬する御霊にとって最高の賛辞であった。
だから御霊も景時直伝の綺麗な礼を景親にみせる。
「是非ともお琴様を妻に迎えたいと思います」
「うむ」
御霊の言葉に満足そうに頷く景親。それをみて口々に「ようやくかっ」「このままずっと言わないかと思っておったぞ」「御霊が断るはずないのだからさっさと言えば良かったものを」をと毒を吐きながらも景能、景久、景俊が広間に戻ってきて着座する。
車座になって座った大庭四兄弟一人一人に頭を下げる御霊。そんな御霊をみながら景親は厳しい表情をしながら口を開く。
「しかし、お琴との婚姻はとある者を討ってからだ」
「この期に及んでまだ条件をつけるつもりかのこの爺」
「五月蝿い爺はお互い様だ兄者」
景親の言葉に茶々をいれてきた景能に毒を吐き返す景親。
そして再び真面目な表情をしてから景親は再び口を開く。
「討つ相手は江ノ島の龍神」
その言葉に御霊の顔に緊張が走る。
鎌倉党の祖である鎌倉権五郎景正。その景正が討てなかった江ノ島の龍神を討つ覚悟を景親達は決めたというのだ。
「此度の討伐に参加するのは儂、景久、景俊。そして御霊、お主だ。兄者は儂らに何かあった時のために残ってもらう」
「景時様や兄者は?」
御霊が気になったのは大庭党と同じ鎌倉党であり、景親達とも縁続きの景時と景季の親子である。特に景季は鎌倉党の中でも景久に次ぐ武勇の士である。共に行けば頼もしい存在となろう。
それに景親は首を振る。
「景時からは参加したいという申し出があったが、儂が断った。理由として景時達の身に何かあった場合、三浦党の連中が何をするかわからんからだ。我ら鎌倉党の土地、三浦党の連中にやるわけにはいかぬ」
景親の言葉に御霊は難しい表情をする。ここに及んでも鎌倉党と三浦党の対立が見え隠れするからだ。
だから御霊は思い切って進言を行うことにした。
「景親様」
「なんだ」
「いっそのこと三浦党も巻き込んではいかがでしょう」
「……なに?」
御霊の言葉に景親は虚を突かれた表情をする。
「三浦党に江ノ島の龍神を討つと伝え、それを理由に武勇の士の援軍を依頼するのです」
「むむ」
御霊の言葉に景親は難しい表情をしながら腕を組み、景能達も深く考える態勢となる。
それをみながら御霊は言葉を続ける。
「我らに何かあった時、それは援軍としてやってきた武勇の士も無事ではないでしょう。それであれば何かあったとしてもすぐには鎌倉党の領地に侵入してくることはありますまい。さらに前回の天狗との戦いでの恩もありますし、同じ相模の武士、江ノ島の龍神に思うところもありましょう。必ずや三浦党は加勢をしてくれるはずです」
御霊はそこまで言い切るとハッとした表情になり、慌てた様子で頭を下げた。
「こ、これは出過ぎた真似をいたしましたっ。申し訳ございません」
「よい。御霊の言は確かであろう」
景親の言葉に御霊は驚いて頭を挙げる。
「確かに御霊の言に従えば三浦党も動くことはできまい。そうすれば景季を連れていけるのもその通りであり、加勢として三浦党の武勇の士を連れていければ勝てる目算も高くなる。兄者はどう思う?」
景親の言葉に景能は感心したように頷く。
「確かにそれはよき手だ。儂は御霊の意見を支持する」
「景久は?」
「三浦党と手を組むのは正直思うところはあるが、江ノ島の龍神を討つためだ。我慢しよう」
「助かる。景俊は?」
「異存ない」
景親の問いかけに景能、景久、景俊は賛成の意見をだす。それに頷いて景親は真剣な表情で口を開いた。
「よかろう。ならば三浦党に加勢を頼む」
「はいっ、ありがとうございますっ」
景親の言葉に御霊は嬉しそうに頭を下げる。
そんな御霊をみながら景親は厳しい表情で告げる。
「そして三浦党に加勢を頼む使者、御霊、お主が務めろ」
「わ、私がですかっ」
景親の言葉に御霊は仰天する。三浦党との交渉だ。適任は景時であろう。
「お主は大庭党でありながら三浦党に含むところのない数少ない人物だ。三浦党の連中もお主の言葉ならば聞くだろう。逆に儂らがいってもない腹を疑われて纏まる話も纏まらぬ」
「しかし、何を言えば……」
使者という大任を御霊はやったことがない。礼儀作法は景時に教わっているから大丈夫だが、何を言えばいいのかわからない。
そんな御霊をみて景親は優しく微笑んだ。
「ただ御霊の思ったことを伝えればよい」
「私の思ったことを?」
「その通り。取り繕った言葉は必ず見抜かれる。ならば己の心意を語ってみよ。さすれば三浦の頭領、義明は必ず答えてくれよう」
景親の言葉に御霊は深く考え込む。だが、すぐに覚悟を決めたのか頭を下げた。
「使者の大任。果たしてみせます」
「頼むぞ」
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