第25話

 三浦党本拠衣笠城大広間。ここには上座に三浦党の頭領三浦義明が着座し、三浦党の面々が居並んでいる。

 そしてその中央には御霊がいた。

 御霊は周囲の三浦の面々からの鋭い視線を受けても怯むことなく、腰を伸ばして義明を見つめている。

 義明にとっては御霊は鎌倉党の敵であるが、それと同時に己の陰陽術を託した弟子でもある。そのためにどこか好意を示しながら口を開く。

「久しいな御霊。大庭からの使者を務めるようになったか」

「はい」

 義明の言葉に美しい所作で礼をする御霊。その整った所作に義明は感嘆のため息を漏らした。

「おしいのう。そなたが大庭の者でなければ儂の孫娘の一人を嫁がせて有力な家人にするというのに」

 義明の言葉に御霊は苦笑するしかない。御霊が景親を裏切ることは決してない。義明もそれを知っての発言であろう。

 そして義明は表情を引き締めると威厳のこもった声で御霊に問いかける。

「で? 我ら三浦党と敵対する鎌倉党がどのような要件でここにきた」

 溢れだされる威圧感。御霊はその威圧感を耐えるように丹田に力をこめながら、義明をまっすぐ見つめながら口を開く。

「我ら鎌倉党は江ノ島の龍神を討とうと思っております」

 その言葉に三浦党の面々がざわつく。

 相模に住まう武士達にとって江ノ島の龍神がどれほどの害をもたらしているか知らない者などいない。しかし、それはまた江ノ島の龍神の恐ろしさも知っているということであった。

 最近は江ノ島に引きこもっているから大人しいが、少し前までは気まぐれに相模の国を動き回り、江ノ島の龍神に影響されて暴れ回る天魔によって多大な被害をだしていたからだ。そして討とうと思って江ノ島の龍神に挑み、返り討ちにされた者も数知れない。

 そしてゆっくりとした口調で義明は口を開く。

「江ノ島の龍神を討つ、か」

「はい。つきましては三浦党にも加勢を頼みたいと思います」

「ほう」

 御霊の言葉に面白そうな表情を浮かべる義明。

「鎌倉党が三浦党に頭を下げると言うのか」

「頭は下げませぬ」

「なに?」

 義明の言葉を明確に否定し、御霊は堂々と言葉を続ける。

「鎌倉党と三浦党。我ら確かに対立はしておりますが、同じ相模の住人。心は同じであり手を携えることは可能だと思っております」

 御霊の言葉に義明だけでなく集まった三浦党の面々が呆気にとられる。

 だが、すぐに義明は大きく笑った。

「はっはっはっ、そうかっ。儂らは同じ相模の住人だから心は同じか」

「はい」

 上機嫌に笑う義明に微笑む御霊。義明はその微笑みに御霊は本気で鎌倉党と三浦党が手を携えることができると思っていると見抜いた。

 義明の本心としてはこの若い陰陽師の言う通り、相模の住人として江ノ島の龍神退治には諸手を挙げて賛成だ。だが、三浦党の中には鎌倉党と組むことを是としない者もいる。

 だから断ろうと口を開こうとした時、義明より先に立ち上がって叫ぶ者がいた。

「俺は御霊殿の意見に賛成だじっさまっ」

「義盛」

 和田義盛であった。

 義盛はずんずんと御霊のところまでいくと、御霊の両手をがっしりと掴む。

「御霊殿の言う通りよっ。俺達は確かに対立はしているが同じ相模の住人っ。心は同じだっ。俺達だって江ノ島の龍神には何度も苦しめられたっ。それを討つための加勢ならばこちらから頼んで加勢に行きたいくらいよっ」

 そして義盛は勢いよく座ると乱雑に頭を下げる。

「御霊殿っ、たとえじっさまがこの話を断ったとしても、この和田小太郎義盛は必ず加勢にいこうぞっ」

 そんな義盛に御霊は嬉しそうに頭を下げる。

「ありがとうございます、義盛様。義盛様がこられればまさしく百人力でございます」

「なれば三浦党は義盛殿の百人力と、この義村の一人力で百一人力としての加勢をいたしましょうか」

「義村か」

 御霊の言葉に前にすすみでて加勢を申し出たのは義明の孫である三浦義村。そして義村は祖父であり三浦党の頭領である義明に向かって申し出る。

「じっさま。確かに我々と鎌倉党の対立は根深い。しかし、新しい関係を構築してもよいのではないでしょうか。今回の御霊殿の申し出、それをきっかけとするに相応しいと思います」

 そこまで言うと義村は不敵に笑った。

「何せ江ノ島の龍神退治。相模の武士としてこれ以上に戦うに相応しい相手がおりましょうや」

「おうっ。よく言った義村っ。そうだぜ、じっさまっ。相手は江ノ島の龍神っ。三浦の武勇を示すにこれに相応しい相手が相模にいるとは思えないぜっ」

 義村の言葉に義盛が勢いよく続く。

 そんな二人をみながら義明は髭を撫でながら考える。

(なるほど、孫達は鎌倉の連中と手を携えられる、か)

 そう考えると義明は髭を撫でるのをやめて義盛と義村を強く睨む。その視線に一瞬だけ怯んだ義盛と義村であったが、すぐに胸を張って睨み返す。その反応をみて義明は内心で満足そうに頷く。

「義盛、義村」

「おうっ」

「はい」

 義明の言葉に二人は視線を逸らすことなく義明を見つめ返す。

「義盛は二百人力、義村は百人力の合わせて三百人力を持って江ノ島の龍神を討ってこい」

 義明の言葉に一瞬だけ呆気にとられた二人だったが、すぐに自信満々に答える。

「任せろじっさまっ。三浦党の武勇をみせつけてくるぜっ」

「江ノ島の龍神、必ずや退治してまいりましょう」

 二人の返答に満足しながら義明は御霊をみる。

「我ら三浦党からは義盛と義村を加勢にだす。それでよいか?」

 義明の言葉に御霊は本当に嬉しそうに頭を下げる。

「ありがたくっ」

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