第26話
大庭屋敷大広間。ここでは宴席が開かれていた。集まっているのか鎌倉党の面々と和田義盛、三浦義村などの面々。
江ノ島の龍神退治に行く前の宴席であった。
上座では景親と景能がゆっくりと酒を酌み交わし、他の面々も思い思いに酒を飲み、話に花を咲かせている。
そんな宴席を御霊は隅のほうで眺めている。それは宴席の雰囲気に加われないわけではなく、ただそのように眺めるのが御霊は好きであったからだ。
「御霊」
「これはお琴様」
そんな御霊に声をかけてきたのは景親の孫娘であるお琴であった。お琴は大広間の外から御霊を手招きで呼んでいる。御霊が宴席にいる面々に視線を向けるが特に気にした風はないので、立ち上がりお琴のほうへといく。
お琴は御霊がやってくると庭へと誘い、細い月の下へとでていく。御霊もそれについていく。
「ねえ御霊」
「なんでしょうか?」
「お爺様達何か隠してない?」
お琴の言葉に御霊は息を飲む。
景親達がやろうとしているのは地元でも信仰のある神を殺そうとしていることだ。そのために討伐に向かう面々や景能、景時以外には龍神退治に向かうことを話していない。それは無用な混乱を避けるためであった。
お琴に真実を告げるわけにはいかず、御霊は曖昧に微笑む。
「お琴様の考えすぎでは? いつも通りの宴席だと思いますが」
御霊の言葉にお琴は不満そうに頬を膨らませる。
「私の叔父様は三浦党との戦いで死んだのよ? その三浦党を宴席に呼ぶなんてお爺様達らしくないわ」
お琴の言葉に御霊は言葉につまる。確かに宴席に三浦党でも有数の武士である和田義盛、そして三浦党を継ぐであろう三浦義村が来ている。そして鎌倉党と同じ場で酒を飲み、言葉を交わしているのだ。その違和感は鎌倉党や大庭御厨で暮らす者には強く映るだろう。
「御霊、知っていることを教えて。お爺様達は何をしようとしているの?」
お琴の言葉に御霊は顔を逸らす。江ノ島の龍神退治に向かえば生きて帰ってこられる可能性が低い。それは江ノ島龍神退治に参加する全員が理解していることだ。
そしてそれを家族や残される者に言うわけにいかない。
「御霊、教えて。お爺様達は私にとっては残された家族なの」
家族。
その言葉に御霊の心がずきりと痛む。家族をなくした御霊にとってもお琴や鎌倉党の面々は家族に近しい。
お琴は無言で御霊の手を掴み、御霊をみつめる。
月明りの下で二人は見つめ合う。
そして御霊はゆっくりと口を開いた。
「景親様は相模のとある大天魔を討とうとしております」
「それは三浦党に現れた天狗達より厄介なの?」
お琴の言葉に御霊は無言で頷く。するとお琴は新月を一度仰ぎみてから再び御霊も見つめる。
「御霊もいくのよね」
「はい」
お琴の言葉に御霊は素直に頷いた。行くのは事実だったからだ。
一度呼吸を整えるとお琴は力強く御霊の手を握りしめ、まっすぐに御霊をみつめる。
「生きて帰ってきてね」
「もちろんです。私の命に賭けて景親様達は絶対に守ってみせます」
「お爺様達だけじゃない。御霊……あなたもよ」
「え」
お琴の言葉に御霊は思わず呆気にとられる。そんな御霊の頬を両手で包みながらお琴は言葉を続ける。
「私にとっては御霊も家族よ。だからあなたも絶対に生きて帰ってきて」
お琴の言葉に御霊は涙が零れそうになるのを耐える。家族を亡くし、孤独無縁だと思っている御霊にとってお琴の『家族』という言葉を何より嬉しかった。
「いい? お爺様達と景季、あとついでに三浦党の奴ら。それと御霊、あなたもみんな無事で帰ってくること。約束よ?」
「はいっ」
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