第27話
月のない夜の浜辺。ここには江ノ島の龍神退治に向かう大庭景親、俣野景久、豊田景俊、梶原景季、和田義盛、三浦義村、そして御霊が集まっていた。
暗闇に浮かぶ江ノ島を睨みつけながら義盛は腕を擦る。
「龍神が相手か……俺の武勇がどれほど通じるか楽しみだぜ」
「それであっさりと殺されたら笑い話にしかならんがな」
「なにっ」
義盛の言葉に景季が皮肉気に言うと、義盛が怒った様子で景季にくってかかろうとする。
その前に義村が間に入って笑顔で仲裁した。
「まぁまぁ、昨日は俣野殿に一緒に酔い潰された仲じゃないですか」
義村の言葉に景季と義盛が「それを言うなっ」と同時に叫んだ。
今日の龍神退治の景気づけのために行われた昨日の宴席において、景季と義盛がお互いに張り合った結果飲み比べとなり、まとめて景久に酔い潰されたのだ。
そんな酒豪二人を酔い潰しておいて顔色一つ変えなかった景久は江ノ島をみながら景親に話しかける。
「で、江ノ島への渡り方はどうする景親兄者。潮がひくのを待つのか?」
「いえ、景久様。この時期ですと夜半に江ノ島へ渡れるほどの潮がひくことはありません」
景久の問いに答えたのは御霊であった。それに景俊が顎を撫でながら口を開く。
「そうか。御霊は漁師の子であったな。潮の満ち引きはわかるか」
「はい、特にこのあたりの海は物心ついた時にはでておりました」
御霊の産まれは大庭御厨の外れである片瀬村である。そして片瀬村の漁師の多くは江ノ島周辺で漁をする。
幼い頃から父親と共に漁にでていた御霊にとっては勝手知ったる海である。
そして一向は景親の用意していた船に乗り込む。櫂を動かすのは慣れている御霊である。
「では御霊、頼む」
「はいっ、お任せください景親様っ」
景親の言葉に御霊は船を動かし始める。鎌倉党と三浦党の面々も海の近くで生きる身、船には乗りなれている。
ゆっくりと江ノ島に近づいていく船。そして暗闇に浮かぶ江ノ島はまるで地獄への入り口のようであった。
そんな恐ろしい姿をみせる江ノ島を見ながらも龍神退治に向かう面々に緊張感はない。これは江ノ島の龍神を退治できると楽観しているわけではなく、退治できてもできなくても無事ではすまないと覚悟をきめたからであった。
そして一番若い義村は御霊に向かって口を開く。
「御霊殿は船の扱いがうまいですなぁ」
「あ、ありがとうございます」
義村の賛辞に素直に礼を言う御霊。そんな御霊をみて義村は悪戯っけに口を開く。
「そして女性の扱いもうまいようですな。昨晩の大庭殿のお孫さんとのやりとり、この義村感服いたしました」
「ぶっふぅ」
義村の言葉に御霊は思わず噴き出してしまう。そしてそれに反応したのは景季であった。
「おっ、なんだ御霊っ。お琴を抱いたのか?」
「ち、違いますっ。抱いておりません、兄者っ」
「なんだなんだ。御霊殿は随分と奥手なのだな。まごまごしている内に別の者にとられてしまうぞ」
そして御霊に笑いながら入ってきたのは義盛であった。そんな義盛の言葉に景季と義村は上機嫌にゲラゲラと笑う。
それに怒った様子で御霊は口を開く。
「私とお琴様は清い関係なんですっ。それにここにはお琴様のお祖父様である景親様もいらっしゃるのですっ。言葉には気を付けてくださいっ」
「景親伯父、御霊はこう言っておりますが?」
景季の言葉に船の先頭に座って江ノ島を睨みつけていた景親が首だけ回して御霊をみつめる。
「御霊」
「は、はいっ」
「なぜお琴を抱かなかったのだ」
「景親様っ」
景親の言葉に御霊が素っ頓狂な声をあげる。そして景久と景俊も景親に続いた。
「もう御霊とお琴は婚約しておる。なれば抱いても問題なかろうに」
「いやいや景久。むしろ抱いて子を残さねば、景親兄者の血が耐えることにもなろうぞ」
景久と景俊の言葉に頷きながら景親は再び口を開く。
「御霊、なぜお琴を抱かなかった」
景親の言葉に御霊は顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。それでも船を操る手を止めないのは幼い頃からの漁の証であろう。
そんな御霊をみながら景親は口を開く。
「帰ったら御霊とお琴の婚姻ぞ。そうなれば御霊とお琴は夫婦よ。わかっておるな」
「は、はい」
「なれば御霊はお琴を抱かねばならぬ。子を残すためにもな」
景親の言葉についに御霊は真っ赤になって俯いてしまった。そんな反応をみてどっと船から笑い声があがる。そして景久、景俊、景季、義盛、義村が思い思いの言葉を御霊にかけていく。
そして最後に景親が口を開く。
「さぁ、御霊。一度も抱かぬうちにお琴を後家にいたすなよ」
「か、景親様ぁ」
景親の言葉に御霊は気の抜けた返事をする。それに対して皆が大きく笑った。
そしてその笑い声は不気味な雰囲気をだす暗闇の江ノ島に吸い込まれていった。
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