第28話

 江ノ島に上陸し、松明に火をつけて道なき道を歩く。

 歩きにくそうに歩きながら義村が口を開く。

「確か江ノ島には弁財天が祀られていたはず。その割に道ができてませんね」

 その問いに答えたのは先頭を歩く景親であった。

「江ノ島には確かに弁財天も祀られているが、やはり龍神の力のほうが強く、下手に開こうとすれば龍神と争いになる。そのために江ノ島はまだ未開の土地よ」

「箱根権現以外にも相模に未開の地があったのですね」

「箱根に比べれば小規模であるがな。そこに住まう存在は箱根権現以上に危ない奴よ」

 相模の大霊地である箱根権現。そこもまた天狗達が数多く住む土地であり、未開の地がたくさんあった。

 そして天狗達が住まう箱根権現以上に危険な霊地・江ノ島。ここに住むのは龍神。

 その事実に小さく御霊は震える。

 その小さな震えに気づいたのか、景季が御霊の肩を組んでくる。

「安心しろ、御霊。俺と景久伯父と業腹だが和田の奴もいる。勝てるさ」

 その景季の言葉に御霊は緊張しながらも頷く。景季と景久は鎌倉党屈指の武勇の持ち主であり、三浦党の義盛はその鎌倉党を相手に数多くの士を討ち取っている剛の者だ。

 御霊は一度大きく息をすい、そして長く吐く。それで少し緊張はとけた。

「ついたぞ」

 そして景親の言葉に御霊は松明で照らされた洞窟をみる。

 その瞬間に御霊の背筋が凍った。その洞窟からは考えられないほどの神通力が溢れていたからだ。

「御霊っ」

「っ」

 だが、すぐに景親の言葉で現実に戻ってくる。心配そうな表情で御霊を覗き込む景親がいた。

「御霊、大丈夫か?」

 景親の言葉に御霊は両手で気合をいれるように頬を叩く。じんわりと痛む頬を感じながら御霊は力強く頷く。その頷きに景親は安心したように微笑むと、全員を見渡す。

「各々方、覚悟はいいか」

 景親の言葉に全員が無言で刀を抜いて答える。

 そして景親も刀を抜くと重々しく口を開く。

「これより我ら修羅となり、龍神を討ち果たそうぞ」

 その言葉に全員から鯨波の声があがると、みなは走り出して洞窟へと入っていく。御霊もまた刀を抜き後に続く。

 洞窟の内部も呼吸ができないくらいの神通力が溢れている。

 これだけの神通力、景親様達も正気ではいられないはずなのに。

 御霊はそう思ってかたわらを走る景親をみる。

 すでに老齢に入っている年齢にも関わらず、その表情には力強さがあった。

 その顔に頼もしさを感じつつ御霊は刀を握りしめる。

 必ずや全員で帰ってみせます、お琴様。

 昨晩交わしたお琴との約束。そのために御霊は命を賭ける覚悟であった。父親代わりであり、自分を引き取って育ててくれた景親。実の子や孫のように自分を鍛えてくれた景能、景久、景俊、景時。漁民の子である自分を弟と言ってくれる景季。そして一族の恨みを飲み込んで相模国のために力を貸してくれた義盛と義村。

 全員で必ず生きて帰るんだ。

 そう御霊が覚悟を決めた時、一向は洞窟の奥に到着する。

 正面には龍の角をはやし、空中に胡坐を組んで座っている青年。

 それをみて景親は刀を持って一番前にでる。

「江ノ島の龍神だな」

 景親の言葉に龍神はようやく目を開く。その両眼の瞳は黒ではなく澄み渡るような空色。そして瞳の中にはもう一つの瞳がある。

「ガぁッ」

 そしてその瞳に見つめられた瞬間に御霊達は地面に叩きつけられていた。

 なんだこれはっ。神通力が重圧となって私達に襲い掛かってきているっ。

 そんな桁外れな神通力を放ちながら、龍神は胡坐をとき、空中から地面に降りる。

「人か。我は呼んだ覚えはないが?」

「き、貴様を討ちにきた……っ」

 地面に倒れ伏しながらも龍神を睨みつけながら景親が叫ぶ。その叫びに龍神が不思議そうに首を傾げる。

「我を討つ……はて、人の身でありながらそのようなことができると思っているのか? 相変わらず人の考えることは摩訶不思議である」

「人をっ、甘くっ、みるんじゃっ、ねぇっ」

 そう叫んで義盛は無理矢理立ち上がると刀を振り上げ、龍神へと斬りかかる。

 義盛の剛力より振るわれし一振り。人の身であれば頭から股間まで両断されるであろう剛力。

 だが、その一振りを龍神は素手で平然と受け止めた。

「なぁっ」

「人よ、何を驚く。この程度我には造作もないこと」

 そう言って義盛を衝撃波で弾く。

 大きく吹き飛ばされた義盛を義村は受け止め、ようやく立ち上がった景久と景季が龍神に襲い掛かる。

「俣野五郎景久っ、参るっ」

「梶原源太景季っ、龍神っ、その首もらった」

 その二人をみながら龍神は神通力を解放する。すると龍神から空間が生み出され、その空間に御霊達は囚われる。

 景親に手を貸してもらいながら御霊は起き上がりながら周囲を確認する。朽ち果てた墓標のように刀がそこらじゅうに刺さっており、空は曇っていて光がほとんど刺していない。その空間はまるで墓のようであり不気味であった。

「ここは我の世界。江ノ島では我の力に耐えきれぬ故」

 そういって龍神は神通力を解放する。

 人の身に龍の鋭い爪。そして龍の尻尾を持ち、口には牙を持った姿。

「我は龍神。人の子よ。己らの無力さを知れ」

「知ったことかよっ」

 そう叫びながら景俊が放った矢を龍神は牙で受け止め、かみ砕く。そしてその瞬間にはすでに右から景久が、左から景季が斬りかかる。

 だが、龍神は持っている爪でそれを受け止めると、刀をへし折ってしまう。

 景久と景季は即座に刀を手放して距離をとると、地面に刺さっている刀を引き抜いて構える。

 それをみて龍神は感嘆の声をあげる。

「素晴らしい。我を恐れず、ただ倒そうとするその気概。見覚えがあるぞ……ああ、そうだ。鎌倉権五郎景正と名乗った人と似ている」

「我ら鎌倉党はその権五郎景正様が裔よ」

 景親の言葉に龍神はため息を吐く。

「ああ、なるほど。鎌倉権五郎景正を殺したはつい最近のような気がするが、その裔がでてくるくらいには時が流れていたか」

「ぺちゃくちゃとやかましい龍神だなぁっ」

「我らは陰陽師三浦義明が孫。そのお命頂戴します」

 そして龍神に斬りかかる義盛と義村。龍神は景久と景季にしたように爪で受け止めると、刀を折ろうとする。

 義村は刀をおられたが、義盛は刀をうまく扱って折られなかった。それに肩眉を少しだけあげる龍神。

「ほう」

「もらった」

 そしてその隙を見逃すほど景親も甘くない。刀をそのまま龍神の脇腹へと突き立てようとする。

 だが、景親の刀は龍神の身に刺さることはなく、ぼきりと折れた。

 それを見た瞬間には景親は刀を離して距離をとっており、義盛も刀を引いて一度態勢を立て直した。それと入れ替わる形で景久と景季が斬りかかり、景俊が矢で援護をしている。

 御霊は刀を持ち、機会を待つ。自分に課せられたのは龍神を殺すこと。その方法は今までの天魔退治と変わらない。

 景親達が天魔の隙を作り、御霊が討つ。

 そしてその機会が訪れる。

 義盛が衝撃波で吹き飛ばされ、義村が刀を折られたが、龍神の右腕を景久が、左腕を景季がガッチリと掴んだのだ。

 それを見た瞬間には飛ぶように御霊は駆けていた。

 狙いは天魔にも致命傷となる心臓。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

 そして御霊の刀は龍神の胸を貫いた。

「やったっ」

 義村の歓声。だが、御霊は表情を顰めた。

「霊核を貫いた感触がない」

「然りだ、若き陰陽師よ。我は天魔ではなく神。我が神核はその程度の神通力では貫けぬ」

 その言葉と同時に御霊はそれまでとは比べ物にならないほどの神通力の衝撃波で大きく吹き飛ばされる。

 それを景親が慌てて受け止める。

「御霊っ、御霊っ、しっかりしろっ」

 その声を聞きながらも御霊の意識は落ちていった。

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