第16話

 景親の屋敷の庭先。ここでは木刀を構えた景親と御霊が向かい合っていた。

 岡崎に現れた死鬼・源義平との戦いで御霊には心境の変化があった。

 天魔を討つには己も強くならねばならない。

 今までの御霊の討魔では大庭氏の面々が天魔の動きを止めて御霊がとどめを刺すというのはいわば流れであった。

 しかし、義平との戦いで御霊は己にも武勇が必要だと痛感したのだ。

 そのために大庭御厨に戻った御霊は景親に自分を鍛えてくれるように頼み込み、景親もそれを認めたために、こうして庭先で木刀で向かい合っているのである。

 じりじりと景親の周囲を回る御霊。景親はそれを冷静に見ながら剣先をピタリと御霊に向けている。

 その剣先から放たれる威圧に御霊はごくりと息を飲む。

 その瞬間であった。

 景親は一足飛びに御霊との距離をつめると、剣先を御霊の喉元で止める。

「そこまでっ」

 景親の孫娘であるお琴の声に御霊は腰を抜かして座り込む。そして一気に汗が噴き出してきた。

 やはり景親様はすごい。

 景親はもう老齢にも関わらず、その動きは機敏であった。純粋な力では景久に分があるだろうが、こと真剣勝負においては景親は強いであろう。

 景親に憧れの視線を向けていた御霊の視界にひょこりとお琴が入ってくる。

「御霊、大丈夫?」

「あ、はいっ。大丈夫ですっ」

「そう、良かった。もしかしたらお爺様が耄碌して御霊を怪我させたかとおもっちゃった」

「お琴、そなた今祖父である儂を愚弄しなかったか?」

「あら、一昨日に間違って思いっきり御霊の腕を叩いて腫れさせたのは誰でした?」

「……」

「あの、お琴様。私は気にしていませんので」

 複雑そうな表情になった景親を庇うように御霊が言うと、お琴はぷくっと頬を膨らませた。

「御霊はいっつもお爺様に甘すぎるのっ」

「……えぇ」

 お琴の言葉に御霊は思わず声がもれる。甘いも何も御霊は景親に世話になっている身である。庇ったり感謝するのが当然なのにそれを甘いと言われても御霊は困ってしまう。

 それから怒涛のようにお琴が日々の文句を御霊に言い始める。自然と御霊は地面に正座してそれを項垂れながら聞いている。

 そんな二人の光景をみながら景親は汗を拭きながら微笑む。

「仲が良くてよいことだ」




「ほれっ、もっと丹田に力を込めぬかっ」

 景親の屋敷の庭先で御霊は訪れてきた景久と相撲をとっている。その光景を眺めながら景親と景俊、景能は会話をする。

「御霊も武士として生きようとしておるのか、良いことだな」

「それだがな、景俊」

 景俊の言葉に景能はニヤニヤと笑いながら景親をみる。

「景親の奴め、未だに御霊にお琴との婚姻をことを話せていないらしい」

「はぁ?」

 景俊の訝し気な視線に景親はそっぽを向く。

 大庭四兄弟にとって御霊と景親の孫娘・お琴との婚姻は今更口にする必要のない決定事項である。そしてそのことは梶原親子もすでに了解していることなので、鎌倉党の総意と言ってもよい。

 しかし、景親はそれをまだ本人に伝えれていないらしい。

 その事実に景俊は景親に白い眼を向ける。

「景親兄者、こう言ってはなんだが御霊の能力は囲っておいたほうがいいものだ。あまり放置すると三浦党の奴らが奪いにきかねんぞ」

「鋭いな、景俊」

「なに?」

 景俊の言葉に笑いながら景能が言うと、景俊は訝し気な表情で景能をみる。そして景能は笑いながら言葉を続ける。

「岡崎の義実から御霊と三浦党の娘との縁談が景時に入ってきた」

「なにっ」

 景能の言葉に怒った表情で景俊が立ち上がる。

 それを見て景能はひらひらと手をふりながら言葉を続ける。

「安心せい。その場で景時が断った。景季が怒って使者を斬りそうになったのは……まぁ、景季らしいと言えるだろうな」

 景能の言葉に景俊は呼吸を整えるとどしりと座り込み、景親を睨む。

「景親兄者、もう時間はあまりないようだぞ。いつ言うのだ」

 景俊の視線から逃げるように景親は視線をそらしながらぽつりと呟く。

「いずれ言う」

 景親の言葉に景能は大きく笑い、景俊は呆れたように首を振った。そして景俊は何か思いついた表情をして顔を御霊に向ける。

「御霊、ちょっときてくれ」

「あ、はいっ」

 景久によって大きく投げ飛ばされて地面に大の字で倒れこんでいた御霊は景俊の声に起き上がって小走りでやってきてしゃがみ込みながら頭を下げる。

「何かお呼びでしょうか」

「ああ、景親兄者から話があるようでな」

 景俊の言葉に驚いた表情で景俊をみる景親。だが景俊はそんな景親の視線を知らん顔である。景能は楽しそうにニヤニヤしており、景久も何かに感づいたのか含み笑いをしながら景親をみている。

 そして真剣な表情で御霊は景親を見上げる。

「景親様、なんでしょうか」

「うむ」

 御霊の言葉に景親は顔を顰める。その表情だけで景能と景久は小さく笑い、景俊は呆れたようにため息を吐いた。

「あ~、御霊。そなたはお琴をどう思う?」

 景親の言葉に景能、景久、景俊は『おっ』といった表情をみせる。御霊は不思議そうに首を傾げながらも口を開く。

「とてもよきお方かと思います」

 御霊の表情に嘘はないと思ったのか、景親は内心で安堵の息を吐く。これでお琴が御霊に嫌われていては婚姻の話などできるわけがない。

「うむ、だがお琴はあの通りお転婆がすぎる。あれでは祖父として嫁の貰い手が心配になるのだ」

「あっ、それでしたらっ」

 御霊の名案を思いつきましたといった表情に大庭四兄弟は思わず身を乗り出す。これで御霊のほうからお琴をくださいと言えば明日には婚姻の儀式をすませることもいとわないつもりである。

 しかし、御霊には恩人の孫娘を自分の嫁にもらうなど想像もしていない。

「兄上などどうでしょうかっ。お年も近いですし、お似合いでございますっ」

 そして御霊の言葉に大庭四兄弟全員が肩をがっくりと落とす。その光景に御霊は焦った様子で口を開く。

「こ、これは家人の分際でですぎた真似をしました」

「そうではない……そうではないのだ御霊……」

「はい?」

 景親の言葉に本当に不思議そうに首を傾げる御霊。

 景親は一度咳払いをすると真面目な表情で御霊に告げる。

「お琴の婚姻は私に考えがある。御霊も楽しみにしてるがよい」

「はっ」

 御霊の元気のいい返事に微笑む景親。

「逃げおったな」

「逃げたな」

「その逃げはなかろうよ」

「やかましい」

「?」

 そして大庭四兄弟のやりとりに御霊は不思議そうに首を傾げた。

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