第29話
「ここは……」
真っ暗な空間に御霊は立っていた。
「景親様っ、景久様っ、景俊様、兄者っ」
声をあげても誰も反応しない。
「声をあげても誰も答えないよ」
背後からかけられた声に弾かれたように御霊はそちらをみる。
そして絶句した。
美しい白い髪に透き通るような肌、艶やかな唇。流れるような瞳は開かれて、空色の瞳の中にもう一つの瞳がある。
御霊がその手で殺した景能の孫娘・巴の姿がそこにあった。
唖然としている御霊をみて巴はくすりと笑う。
「驚いた? 私の魂はもう天に昇ったんだけど、もしもの時のために、少しだけ力を残しておいたの。ここで会話しているのは私の残滓」
「巴様の残滓……」
「そう。江ノ島の龍神に魅入られた『憑き物』としての私の残滓」
そう言って巴はくるりと御霊に背中を向ける。
「ねぇ、御霊。私はあなたに感謝しているの。『憑き物』としてお爺様達に迷惑をかけるだけだった私を殺してくれて」
「私はっ」
巴の言葉に御霊は思わず叫ぶ。
「私はあなたを殺したくなかったっ。大恩ある景親様の縁者をこの手にかけたくなかったっ」
御霊の叫びに巴はくすりと笑う。
「うん、あなたはそういう人。私は死んでから短い間だけどあなたを見てきてそれを知っている」
巴は「でもね」と言って言葉を続ける。
「どのみち龍神の『憑き物』になった私は人の世では生きていけない。だからあなたに感謝しているのよ、本当に」
そこまで言うと巴は美しい笑顔を浮かべる。
「私を『人』として殺してくれてありがとう、御霊」
その言葉に御霊は泣き崩れる。泣いている御霊を巴は優しく抱きしめる。
しばしの無言の空間。それを破ったのは振動であった。
「今の振動は……」
「景親お爺様達と龍神との戦いは続いてる。その余波よ」
巴の言葉に御霊は涙を拭って立ち上がる。
「いくの?」
「行かねばなりません」
「でも絶対に龍神には勝てない。死ぬだけよ」
巴の断言にも御霊は即答する。
「それでも行かねばなりません。みんなで生きて帰ると、お琴様と約束しました」
御霊の言葉に巴は呆気にとられると、すぐにころころと鈴をならすように笑った。
「ふふ、そう。お琴との約束は守らないとね」
「はい」
「私もお琴との約束を破った時は酷く泣かれたわ。だから御霊は破ったら駄目よ」
「もちろんです」
そう言って光刺す空間へと歩き出そうとする御霊。本能がそこがここからでる出口だとわかったからだ。
だが、巴によって引き留められる。
「巴様?」
「ねぇ、御霊。今の御霊や景親お爺様達じゃ絶対に龍神には勝てない。でも勝つ方法が一つだけある」
巴の言葉に御霊は驚いたように巴をみる。巴も真剣な表情で御霊を見つめながら口を開く。
「私に残っている龍神の力を御霊に移す。これによって御霊は龍神の『憑き物』になる。龍神の力は龍神を殺すことができるはずよ」
「ぜひお願いいたします」
巴の言葉に御霊は即答する。だが、巴は悲しそうに念押しするように問いかけてくる。
「本当にいいの? 『憑き物』になれば御霊はもう人ではなくなる。人でなく、天魔でもない。そういう存在になってしまうの。きっと悲しいことのほうが多く起こるかもしれない。それでもいいの?」
巴のその言葉にも御霊は迷わなかった。
「景親様や鎌倉党の皆さまのお役にたてるのであれば、この御霊。人ならざるものになっても不満はありません」
御霊の言葉に巴は少し悲しそうにしながらも御霊の手を握る。
「きっとあなたの人生は苦しく悲しいものになる」
「かまいません」
「あなたを迫害する人もでてくるかもしれない」
「それで大庭御厨や鎌倉党……いえ、相模国が守れるのであれば本望です」
御霊がそういうと巴は光の粒子となって御霊の身体に入っていく。
そして巴は微笑む。
「龍神の力に普通の刀は耐えられない。でも、龍神の空間には龍神の力を浴び続けて妖刀となった権五郎景正様の刀がある。あなたにきっと答えてくれるはずよ」
「何から何までありがとうございます」
「それと最後」
光の粒子となって消える瞬間、巴は嬉しそうに笑いながら言った。
「お爺様達だけじゃなくて、お琴も幸せにしてあげてね」
「かならずや」
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