第14話

「酷い瘴気だ」

 景季の言葉に御霊は頷く。

 御霊達大庭一党は義実とその郎党達が決死の覚悟で開いた道を駆けている。向かうは義実が建立した亀谷の祠。

 先頭に景久、その後に景季、真ん中に景親と御霊、そして後ろに景時である。途中でとびかかってくる少数の天魔は剛力でなる景久と景季の二人で遠くに放り投げてさっさと突破してしまう。

「近いか……」

 景親の呟いた言葉に御霊はごくりと息を飲む。

 瘴気が濃くなり、天魔の気配もなくなっていることに御霊は気づいていた。

 そして向かう先にひと際大きな瘴気を放っている存在がいることも。

「いたぞ」

 景久が刀を抜きながらそう呟くと、景親達も刀を抜き、御霊も持っている短刀の柄を握る。

 落ち武者の様相の鎧武者が一人祠の前に立っている。死鬼のせいか顔は真っ青であるが、その表情は憤怒に染まっている。見た目の年頃は御霊や景季と同じくらいであろうか。

 そしてその死鬼は憤怒の表情で御霊達を睨みつける。

『清盛の狗がきおったかぁ』

「喋ったっ」

「死鬼も元は人よ。会話は可能だ」

 驚いた御霊に言い聞かせるように言うと景親は前にでる。

「死鬼となっても元は人。大人しく祓われてくれぬか?」

 景親の言葉に死鬼は邪悪に笑う。

『せっかく鬼としての力を持ってこの世に還ってきたのよ。今度こそ清盛の首をとってくれるわっ』

「残念だ。ならば力づくで貴殿を祓うぞっ」

『やれるものならやってみせいっ。我が名は源左馬頭義朝が長子源太義平っ。鎌倉悪源太義平とは俺のことよっ』

「俣野五郎景久っ、参るっ」

「死人がでてくるんじゃねぇよっ、梶原源太景季があの世に送り返してやるぜっ」

 景久が一息と距離をつめて刀を振るう。うねりをあげながら振り下ろされた景久の剛刀を義平は平然と受け止める。

『俣野……覚えておるぞっ、貴様等鎌倉党かっ』

「だったらどうするっ」

『主君にたてつくとはいい度胸だっ。清盛の前に貴様等のそっ首を叩き落してくれるわっ』

「その前に貴様が首になれっ」

 景久と鍔迫り合いをして動けない義平の首に向かって景季が刀を振るう。

 義平はそれを首を竦めて避けると景季に蹴りを放つ。

「ぐぇっ」

「ずぇええぇええぇぇいっ」

 その一瞬の隙を景久は見逃さない。蹴りを放ったことにより義平の態勢が崩れたのを利用して一気に地面に投げ飛ばす。

「大庭三郎景親っ、義平殿、お覚悟っ」

「梶原平三景時」

 そして倒れこんだ義平の右腕を景親が貫き、左腕を景時が貫く。

「御霊っ」

「はいっ」

 景親に言われる前に御霊は短刀を抜き放ち、神通力をこめながら義平に向かって走る。

 この一刀で終わらせるっ。

 御霊はそう思いながら義平に向かって短刀を振り上げる。

『甘くみるなよ童っ』

「ぐほっ」

 腹への衝撃。

 御霊は腹を蹴られて大きく吹き飛ぶ。

「御霊っ」

「景親っ、避けよっ」

「なにっ、ぬおっ」

 義平は突き刺さっていた刀を強引に引き抜いて立ち上がると景親を殴り飛ばし、景時に向かって刀を振り下ろす。

 吹き飛ばされた御霊も咳き込みながらもすぐに立ち上がる。その横を景季が刀を振り上げながら駆け抜けていった。

「おぉぉぉぉらぁぁぁぁぁっ」

『ぬんっ』

「いっ」

 景季の驚愕の声も当然だ。義平は片腕を斬り裂かれるようにしてそれを防いでみせたのだ。そして強引に景時を弾くと景季に向かって刀を振るう。

 それを防ぐように景久が間に入って刀を受け止めた。

 景季は後退しながら驚いたように大声をあげる。

「腕で受け止めるとか正気かっ」

「景季、義平殿は今は死鬼。傷を負ってもすぐに治る」

 景時の言葉通り斬り裂かれたはずの義平の腕は瘴気の煙をたてながらすでに治っている。

 御霊は呼吸を整えながら立ち上がる。

「御霊、大丈夫か?」

「は、はい。景親様は?」

 御霊の言葉に景親は血を吐き捨てる。

「口の中を少し斬ったが問題ない。よいか御霊。儂らがなんとしても義平殿の隙を作る。御霊はその隙を見逃さずに討て」

「はいっ」

「よい返事だ」

 そう言うと景親は刀を構えなおして走り出す。義平は景久、景時、景季を相手にしながらも一歩も譲らずに渡り合っていた。景親は刀の柄に唾を吐きかけると握り直して義平に向かって駆けだす。

 御霊も一度息を吐くと短刀を握りなおしてから義平の動きをみる。

 小柄で力のない御霊には義平と正面から渡り合う力はない。

 だからこそ景親様の教えの通りに隙を突くっ。

 天魔と戦う時に景親から常に言われている天魔の隙をつけという言葉。それを守りながら今まで戦ってきた。

 景久を殴り飛ばし、景季を蹴る。景時の振るった刀を殴って弾き、景親と刀の鍔迫り合いをする。

 その瞬間に御霊は走り出す。義平は景親と鍔迫り合いをしているために御霊のほうはみていない。

 そして義平が気づいた時にはすでに御霊は間合いに入っている。

「いやぁっ」

『ぬぅっ。舐めるな童っ』

 御霊の小刀を左腕で受け止める義平。そしてその左腕でそのまま御霊を殴り飛ばした。勢いよく地面を転がる御霊。

「っつぅ」

「よくやったな、御霊」

「景久様」

 転がる御霊を受け止めたのは景久であった。景久が義平をみるようにしたので、御霊が義平をみると、傷口を苦悶の表情を浮かべながら抑えている。

『傷が塞がらぬっ。童っ、何をしたぁっ』

「御霊は神通力を操る。死鬼となった貴殿には辛かろうよ」

『おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇぇっ。清盛の狗供がぁぁぁぁっ』

「っつぅ」

 景親の言葉に義平は呪詛を吐きながら立ち上がる。

『殺すっ。全員殺すっ。一人として生きて帰さんぞっ』

「こっちの言葉だっ」

 義平の叫びに怒鳴り返しながら景季が刀を振るう。義平は右腕でそれを掴むと、そのまま投げ飛ばす。

「兄者っ」

「っつぅ。死鬼というのは化物だな」

 駆け寄ってきた御霊に笑って返しながら景季は立ち上がる。

「あ、兄者っ。額から血が」

「うん? おお、なに。こんなもんかすり傷よ」

 御霊の言葉に景季は笑いながら額の血を拭う。その間も義平は景親、景久、景時を相手に互角に渡り合っている。

 それをみながら景季は御霊と肩を組み、顔をよせて話しかけてくる。

「御霊、義平殿……いや、死鬼を一撃で殺すことはできるか?」

「わ、わかりませぬ。しかし、天魔であれば神通力を込めた短刀で首を刎ねれば殺せます」

 御霊の言葉に景季はにやっと笑った。

「よし、御霊。俺のすぐ後についてこいっ」

「は、はいっ」

 刀を持って駆けだした景季の後を御霊は追いかける。

「親父殿っ、伯父御達っ、死鬼の動きを止めてくれっ」

 景季の言葉に景親、景久、景時は同時に義平に飛び掛かる。景親が殴られ、景時が蹴り飛ばされたが、景久ががっちりと義平を掴む。

 そしてちょうどよく景季が義平の上半身に覆いかぶさって動きを止める。

 そして景季が大きく叫んだ。

「御霊っ、やれっ」

 その言葉を受けながら御霊は大柄な景季の背中を踏みつけて叫びながら跳躍する。そして小刀を義平の首に向かって振るう。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 御霊が地面に着地するのと、義平の首が飛ぶのは同時であった。

『おのれおのれおのれおのれぇ、清盛の狗供がぁ……』

 義平はそう断末魔をあげながら消滅していく。砂のように消えていく義平をみながら御霊は腰が抜けたように座り込む。

「御霊、大丈夫か?」

「か、景親様。はい、大丈夫です」

 景親の言葉に御霊が答えると、景親は優しそうに微笑んだ。そこに消滅した身体を抑え込んでいた景久が肩を回しながら近寄ってくる。

「やれやれ、天狗退治かと思ったらまさかの相手だったな」

「確かに。まさか義平殿とはな」

「まぁ、儂には義朝とその倅には恨みしかないからな」

 景久の言葉に景親は苦笑いする。

 鎌倉党の面々は確かに義朝に従っていたが、それは仕方ないことであり、鎌倉党の者として義朝に従うのは無念の極みであった。だからこそ義朝の死後すぐに景親は清盛に近づいて従った。それはあくまで源氏についた三浦党との対立の結果でもあった。

 そして景久は義朝に従うのを嫌がり、景能と景親の二人だけが義朝に従うこととなった。

「いやぁ、しかしまさか俺を踏みつけるとわな。これが権五郎景正様だったら御霊の首は落ちているところだ」

「御霊を無駄に怖がらせるでないわ」

 笑いながらやってきた景季に、景時が苦々し気に言う。そして景親のほうを向いて改めて口を開く。

「義実殿にはどう報告する?」

 景時の言葉に景親は軽く肩を竦める。

「死鬼が義平殿だったことを言うことはあるまい。それに義実殿は義朝殿親子に対する想いが深い。無駄に悲しませることはあるまい」

「まぁ、景親兄者がそう言うなら儂は何も言うまい。ほれ、御霊、立てるか?」

「あ、はい」

 景久の言葉に御霊が立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。

「す、すいません。腰が抜けてしまって」

「まぁ、悪源太の殺気をもろに受けたからなぁ。ほれ、俺の背に乗れ」

「すいません、兄者」

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