第5話

 相変わらずの大騒ぎだ。

 御霊は宴会の隅で食事をしながらそう思う。

 大庭一族の宴会は派手である。景親の屋敷の中では大庭一族の人々が飲み、食い、騒ぎ、開け放たれた宴席から見える庭では景親の大庭、景能の懐島、景久の俣野、景俊の豊田の郎党達も中と同じく飲めや歌えで大騒ぎをする。その騒ぎを聞きつけてやってくる民もみな呼び込んで庭先で飲ませたり食べさせたりするのでかなりの大騒ぎである。

 景親に引き取られた御霊は行儀よく屋敷の中で食事をしているが、一門の重鎮である景久は庭先にでて各家の郎党達と騒ぎ、さらには各家の力自慢を集めて相撲を始めてしまっている。

 大庭一族の頭領である景親は止めるどころかそれを許しているし、長老たる景能などは自分の郎党に敗けないように声をかける始末である。景俊など自分の郎党に景久に勝てたら褒美をだすとまで言い始めている。

「御霊」

 景親の孫娘であるお琴が行司として仕切りだしたところで、御霊の前に神経質そうな武士が座って御霊に声をかけてきた。

「これは景時様」

 そう言って御霊は礼儀正しく景時に礼をする。それをみて景時は満足そうに頷いた。

 梶原景時。三浦党と領地を接する梶原の領主であり、大庭四兄弟の従弟である。学があり教養もある。どちらかと言えば武に強い大庭四兄弟にとってはとても頼りになる人物である。

 そして景時は御霊に武士としての礼儀を叩き込んでいた。しかも、武士だけでなく、公家としての立ち居振る舞いを教えていたのである。御霊が礼を失して扇で軽く叩かれたのも一度や二度ではない。

 景時は御霊のふるまいをみて満足そうに頷いた。

「うむ、よくできている」

「は、ありがとうございます」

 景時の言葉に御霊が礼儀正しく礼をすると、それをみて景時は益々満足そうに頷いた。

「御霊はまことに覚えがよい。御霊の欠片でも景季が見習ってくれればよいのだがな……」

 景時はそう言いながら庭をみる。御霊も同じく庭をみると、景久に楽しそうに挑みかかっている景時の嫡男・景季がいた。

 それをみて景時は深くため息をついた。

「あれは武ばかりを鍛えて礼儀をおろそかにしておる。先が心配でならん」

「ですが景季様もよいところがおありです」

 御霊の言葉に景時は鼻で笑う。

「少しは風雅を理解していることを言っておるのか? あれも私がやっと教え込めたことだ」

「いやぁっ、負けたっ負けたっ。まことに景久伯父は強い」

 そう言いながら笑いながらやってきた景季に景時は苦い顔をする。そして景時の表情をみて景季は面白そうに笑った。

「お、小言か、父上。だが大庭の宴席では俺のふるまいのほうが正しかろう。どうだ景親伯父っ」

 景季の言葉に上座で景能と何やら会話していた景親は、景時達のほうをみて笑いながら頷く。それに景時が反論しようとすると、景親と景能は景時を呼び寄せた。

 景時は小さく舌打ちしながら御霊に声をかけてくる。

「よいか御霊。景季の真似はしてはならぬぞ」

「父上、御霊が返答に困る言葉はよせ」

 景季の言葉に景時は顔を顰めるが、景季の言い分が正しいと思ったのか御霊に一度謝り、景季にもう一度釘を刺すと立ち去っていった。

 それを礼儀正しく見送る御霊と、舌をだして送り出す景季。そして景季は近くあった酒を掴むと盃に注ぐ。

「御霊は飲まぬか?」

「私は飲めませぬ」

「知っている」

 景季はそう言うと大きく笑って一気に盃を呷った。

「近頃また天魔の討伐をしたそうだな」

「はい、海岸に現れました天魔を討伐しました」

「何故俺を呼んでくれないっ」

「ええっ」

 天魔の討伐は命がけだ。それは景季も理解しているはずである。なにせ梶原一族が領するのは地域でも屈指の霊地・鎌倉である。地脈の中心である龍脈が通っている影響で鎌倉周辺は天魔の発生が多い。御霊も頻繁に景親に連れられて鎌倉へいく。

 そして鎌倉は天魔の発生だけでなく、隣国の三浦党がしばしば侵略しようとし、鎌倉党と呼ばれる大庭一族と梶原一族との合戦になっている。

 現在は景親が中央の平清盛の覚えがめでたいために三浦党の鎌倉侵攻も小康状態ではあるが、なくなったわけではない。

 つまり景時率いる梶原一族は領内に天魔、外には三浦党という敵を抱えている状態なのだ。同じ一族である大庭一族が援軍に入るとは言え、天魔に三浦党にと忙しいはずである。

 そんな梶原の嫡男である景季も天魔との戦いや三浦党との戦いと忙しいはずであるが、大庭御厨にでてきた天魔の相手もしたかったというのだ。

 梶原の忙しさを理解しているがゆえに御霊は景季に言葉をかける。

「し、しかし、景季様も天魔や三浦党と大変なのでは?」

「神通力をもたぬ俺は天魔にとどめを刺すことはできんからなぁ。だが、天魔の奴らめ形成不利とみるや一目散に逃げおる。俺に神通力があれば天魔の頭をかち割ってやるんだが」

「景季様だったら神通力がなくてもできそうですね」

「やってみたが殺せなかったわ」

 御霊の言葉に景季は笑いながら言い放つ。神通力がないにも関わらず天魔の頭に刀を叩きつけることができるその胆力に御霊は感嘆するしかない。

 景季はもう一度盃を呷ると御霊を指差す。

「それより御霊。またなっているぞ」

「ですが、私はあくまで景親様の下人ですので……」

「関係あるか、ほれ言うてみろ」

 景季の言葉に御霊は逡巡するが、思い切って口を開く。

「あ、兄者」

 御霊の言葉に満足そうに頷く景季。

「それで良いのだ。俺と御霊は義兄弟の契りを交わしているのだから、俺のことは兄と呼べ」

「は、はぁ」

 あまり身分を気にしない大庭一族であるが、景季は特に気にしなかった。なにせ陰陽師ではあるが、元々は漁民の息子である御霊と義兄弟の契りを交わしてしまうほどである。

 御霊はてっきり景時に怒られて終わると思っていたのだが、御霊の予想に反して景時は難しい表情をしただけであった。

「そういえば、あ、兄者。鎌倉の天魔は大丈夫なのですか?」

「大丈夫、とは言い難いな。相変わらず天魔どもが跳梁跋扈している。近いうちに父上から景親伯父に話がいくだろう」

 その言葉に御霊の背筋が伸びる。御霊にとって天魔との戦いは家族の仇討ちであると同時にお世話になっている大庭一族への恩返しの意味がある。

 だからこそ私は大庭御厨と鎌倉の天魔は絶対に許さない。

 そう御霊は自分に硬く誓っている。

「そうそう、天魔と言えばだがな」

 景季の言葉に御霊は正気に戻って景季の話をきく。景季も声を小さくして御霊に近づく。

「三浦党の奴らの領内で天狗達が暴れ回っているらしい」

「天狗ですかっ」

 鬼や天狗。荒神の一種であるその二つの天魔はもはや自然災害とも言うべき存在である。大庭御厨や鎌倉では出現したことがないが、隣の三浦の領内では天狗がでたようである。

「それは大丈夫なのですか?」

「なんとも言えんな。三浦党の連中も討伐がうまくいっていないようだし。それならまだしも鎌倉に入ってこられたら大事だ。おそらく父上も景親伯父と景能伯父に相談しているはずだ」

 景季の言葉に御霊が三人のほうをみると、景親、景能、景時は真剣な表情で話し込んでいた。

「三浦党の連中が片付けてくれるのが一番なんだが、三浦党に陰陽師がいると聞いたことがないしな」

「私が討伐しにいけばいいのでは?」

 御霊の言葉に景季は面倒そうに手を振る。

「なんで三浦党のために大庭党の御霊が命賭けなきゃならんのだ。やるなやるな」

「はぁ」

 御霊にとって天魔が敵なので三浦党に手助けすることもやぶさかではないのだが、鎌倉党である大庭や梶原は仇敵とも言える三浦に手を貸すのは嫌らしい。

「あ、景季っ。また御霊に余計なこと吹き込んでるでしょっ」

「お、小うるさい小娘がきたな」

 御霊達のところにやってきて景季の文句を言い始めたお琴と、そんなお琴をからかって遊ぶ景季の会話を聞きながら御霊はぼんやりと考える。

 私の家族を殺したのは鬼だった。天狗と鬼は並び称される天魔。あるいは天魔と戦えば私の強さがどの程度か図ることができるのでは?

「御霊っ、景季が酷いのっ」

 景季に揶揄われて半泣きになっているお琴に気を取られて御霊は考えていたことを忘れてしまった。

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