第9話

 御霊は景親に連れられて景能の屋敷近くのお堂にやってきた。

「ここだ」

 杖をつきながら一緒にやってきた景能がそういう。

 長年閉じ込められている人物がいるにも関わらず、敷地内は綺麗に手入れされ、清められている。

 そして杖をつきながら歩き始める景能に御霊は黙ってついていく。

 景能はお堂の入り口に呪符を貼り付けて封印と一時的に解除すると、御霊のほうを振り向く。

「よいか?」

 景能の言葉に御霊はまだ迷うように頷く。その迷いをみなかったことにして景能はお堂の戸を開いた。

「っ」

 そしてお堂から溢れだした圧倒的な神通力に御霊は圧倒された。お堂から溢れだした神通力は御霊が今まで感じたことのないほどの力であった。

 圧倒される御霊の背中を景親が押して御霊と一緒にお堂の中に入る。すると景能も素早くお堂の中に入って戸を閉め、再び呪符を戸に押し付けて再封印する。

 息苦しいっ。呼吸が……っ。

 気が遠くなりそうな御霊の意識を戻したのは景親であった。景親は御霊の手を力強く握り話しかけてくる。

「丹田に力をこめよ。確かに強い神通力であるが、根本では天魔を祓うのと変わらぬ」

 景親の言葉に御霊は丹田に力を込め、さらに意識を集中する。

 するとお堂の中がみえるようになった。

 天井は低く広さは二間ほど。そして中央に布団がしかれてその上に眠っている少女がいた。

 その少女のあまりの美しさに御霊は再び絶句した。

 美しい白い髪に透き通るような肌。流れるような瞳は閉じられており長いまつ毛が覆っている。そして艶やかな唇。

 今までに見たことがないほどの美しい少女であった。

 その少女の枕元に座り、景能は懐かしむように口を開く。

「巴も昔は活発でな。いつもこの娘の父である景兼と一緒に悩まされたものよ」

 懐島景兼。景能の嫡男で御霊もよく世話になっている。

 景能は巴の頭を撫でると御霊のほうを見る。

「御霊、頼む」

 そう言って景能は頭を下げてくる。その言葉を受けて御霊は眠っている巴の隣に座る。近くでみても背筋が凍るほどの美しさだ。溢れだす神通力も合わさって神々しさもある。

 御霊はガタガタと震えながら景親から天魔を討つためにと渡された小刀を持つ。

 ここまで来ても御霊はまだ迷っていた。

 天魔に対しては憎しみしかなく、祓うことに躊躇いなどない御霊であったが、元は漁民の息子だ。人を殺したことなどない。御霊を育てている景親も御霊を合戦に連れていくことはしなかった。

 そして殺すべき相手は大恩ある景能の孫娘なのだ。

 小刀の柄を持ち、小さく震え続ける御霊。

 いつもであったら助けてくれる景親も、今回は御霊の背後で毅然と座って御霊をみている。その瞳に御霊は気づく。

 私に覚悟をきめろとおっしゃるのですね。

 これから天魔と戦っていくのであれば人でもある『憑き者』を殺すこともあるだろう。あるいは『憑き者』を守る人と戦う機会もあるかもしれない。

 そうなった時、お前は人を殺せるか?

 御霊は景親にそう言われている気がした。

 大きく息を吸う。身体の中に神通力が入り込んで痺れる。だが、その痺れが御霊が生きていることの証明であった。

 今から私は巴殿からこの痺れを取り除くことになる。

 そう思いながら御霊は小刀を抜く。景親と景能は何も言わずに御霊を見ている。

 膝立ちになり、巴の胸のあたりに小刀の刃を置く御霊。あとはこれを降ろしていけば巴の心臓を貫き、殺すことになる。

 震える右手を左手で抑え、がちがちと奥歯を鳴らしながら御霊はゆっくりと刃を降ろす。


 そして御霊の刃は巴の心臓を貫いた。

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