第11話
景親と釣りをして巴の魂を天に還して幾日かたったある日、御霊が屋敷で景親の郎党と共に鍛錬をしていたところ、景親に呼ばれた。
井戸で身体を拭いてから景親のところへと向かう御霊。
「景親様、御霊です」
「入れ」
部屋の入り口で景親に声をかけると、中から不機嫌そうな景親の声が返ってくる。朝、御霊が会った時は気分が良さそうだった景親の心変わりを不思議に思いつつ、御霊は部屋に入る。
部屋の中には景親の他に二人の男性がいた。一人は梶原景時。御霊も見慣れている相手だ。だが、もう一人に御霊は見覚えはなかった。
不思議に思いながらも御霊は部屋の隅で頭を下げる。その御霊をみて景親より年齢が上であろう老齢の男性は景親に声をかけた。
「景親殿、その者が?」
「その通りだ」
男性の言葉に景親が頷くと、男性は御霊に向き合って頭を下げながら口を開く。
「お初お目にかかる、私は三浦大介義明の末弟、岡崎の平四郎義実と申す」
「三浦党っ」
義実の名乗りを聞いて思わず御霊は腰をあげる。それを見て義実は苦笑する。
三浦党と鎌倉党大庭氏の対立は根深い。長年鎌倉を中心に対立を繰り広げ、三浦党の現頭領の三浦義明が当時勢いのあった源義朝の傘下に入り、義朝と共に大庭御厨に乱入して乱暴狼藉をしたこともある。
その後は当時鎌倉党大庭氏を率いていた景能の考えで義朝の傘下に入り、表面上の対立は沈静化したものの、平治の乱において義朝が死亡すると、片足を失った兄・景能に代わって鎌倉党大庭氏を率いていた景親は平清盛に接近して重用され、東国後見人とまで呼ばれる立場になった。
一貫して源氏の立場を崩さない三浦党であったが、それでも相模においては最大とも呼ばれる集団であり、鎌倉党大庭氏とは鎌倉の地を巡ってたびたび戦になっていた。
そして義実は梶原景時の領地を接する岡崎の領主であり、三浦党の長老の一人でもあった。
思わず立ち上がってしまった御霊であったが、景時の鋭い視線を受けて正気に戻り、礼儀正しく座って頭を下げた。
「し、失礼いたしました。大庭景親が家人の御霊と申します」
その整った作法に義実は感嘆の声をだし、景時は満足そうに頷いた。
「いや驚いた。景親殿は家人も礼儀正しい。我が家の義盛など一家を率いる立場になっても……いや、これは愚痴であるな。すまなかったな、御霊殿」
「は、はあ」
好々爺然とした義実の言葉に御霊は困ったように相槌をうつ。
御霊が困っているのを見通したのか、景親は義実に声をかける。
「義実殿、頼みがあるのだろう」
「おお、そうであった」
そういうと義実は御霊に改まった表情で話しかけてくる。
「御霊殿は鎌倉の亀谷という土地を知っておるか」
「いえ、詳しくは……確か景時様の領地の近くであったかと……」
「うむ、それで間違いない。私は義朝殿の死後、亀谷の地に祠を建立しその菩提を弔っておった」
そこまで言うと義実は今度は怒った表情になる。
「その地をあろうことか三浦領内にいた天狗の一匹めが占拠し、暴れまわり始めおった」
「天狗が鎌倉にっ」
義実の言葉に御霊は驚愕する。景季から三浦領内に天狗が大量に現れたと聞いていたが、鎌倉党の一員である景時の領する鎌倉に入ってきてしまったのだ。
そして今度は景時が口を開く。
「天狗の一件、鎌倉に入ってきたいま、もはや三浦党の問題だけではなくなった」
「ここで奴らを野放しにしては、最悪相模国中に広がる恐れもある。そこで私が景時殿に相談し、大庭党にも奴らの討伐を手伝って欲しいと願ったのだ」
景時の言葉に義実が付け加える。だが、すぐに困った表情になった。
「義明の兄者は帝の命を受けて九尾の狐を討伐したこともあったゆえにすぐに納得したのだが、いかんせん若い連中がな。大庭党に助力を頼むのを嫌がっている」
「助力を頼んでおきながら、一族の意思も統一できていないなど笑えぬ話ではないか」
景親の言葉に義実は大きく笑う。
「はっはっは、まったくもってその通り。だが、鎌倉に入り込んだ天狗。これを討つことができれば若い連中も文句はあるまい」
「……と、このような話になってな。御霊、今回の相手は天狗だ。今までの木端天魔などとはわけが違う。気を引き締めるように」
「はは」
御霊は景親の言葉に真剣な表情で頭を下げた。
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