第7話 やりたい事はコツコツと

「ここが………噂に聞いていたゲームセンター……っ!!」


 宝来の次の目的地は一駅分隣にあるゲーセンだった。ゲーセンは放課後ということもあって賑わっており、小さい子供や俺達と同じくらいの学生がワイワイ騒いでいた。


「鴉谷くんっ!遊んできてもいいですよね!ね!」


「勝手にしろ……ったく…」


「はい!」


 よほど嬉しいのか宝来は小走りで近くにあった360度あるタイプの大きなコインゲームのへと駆け寄った。簡単に言えばメダルが押し出されて落ちてくるやつだ。俺は近くのベンチにでも座って一息つこうかとしていると、宝来は俺の方を見て手招きしてきた。


「…………んだよ」


 仕方なく俺が宝来の元へ行くと、宝来は自身の隣をポンポンと叩き、俺に微笑んだ。


「手本を見せてください。折角2人分座れるんですから」


「…………へいへい」


 このワガママお嬢様に反論するだけ無駄なのは分かってきたので俺は宝来が開けてくれていた椅子のスペースに腰かけた。しかし多少横に長いとは言っても高校生ふたりは流石に狭く感じる。それにこんな馬鹿みたいなこと中学生のカップルでもしないだろ。


「……どうしました?」


「…………いや別に」


 一方の宝来は何も気にしていないようで、色々と考えてる俺がガキみたいに思えてきてしまった。

 そんなことがありつつ筐体に100円を入れると、下の取り口にメダルがいくつか落ちてきた。宝来は突然メダルが下から湧き出たことに驚きつつも、とりあえず1枚だけ手にとって俺に尋ねてきた。


「え……これを………どうすれば?」


「…とりあえず貸せ。後で返してやるから」


「はい……」


 俺は宝来からメダルを受け取ると、右手のレールを上手く合わせ、丁度良いタイミングでメダルを入れて発射した。


「おおっ!」


「……つまりだ。メダルってのは玉で、これが………銃みたいなもんだ。んで、ほら俺が撃った玉が邪魔して上の台からメダルが下に押し出されて落ちただろ?更に下の台からメダルが押し出されると…………」


 連鎖的に上手いことメダルが落ち、下の受け取り口へとメダルが3枚落ちてきた。


「……というわけだ。分かったか?」


「なるほど……つまり理論上は無限に遊べると………」


「まぁそうだけどそのうち飽きるぞコレ。宝来みたいに金があるなら他にも…………」


「いいえ。とりあえずこれを遊びます。何事もやってみないと分かりませんから。あ、鴉谷くんもどうぞ。私の『奢り』です」


「……へいへい」


 恐らく「奢り」という単語が使いたかっただけなのがムフーッてしてる表情から伝わってくる。俺はお言葉に甘えて宝来の隣で一緒に遊ぶことにした。


 こうして隣で腕を並べて分かったが、宝来の腕は本当に細い。そりゃ俺にとっちゃホノカくらいしか同年代で比べる対象はいないが、ホノカが少し肉付きが良いことを加味しても細い。まるで病的な細さと言わざるを得ない。


 だが体型の事を女子に聞いても良いことなんてないのは分かっている。宝来も楽しそ……いや微妙そうな顔はしてるな。まぁとにかく遊んでる最中だ。野暮な話はしないに限る。


 なんやかんやで数分後……案の定飽きた宝来は適当にメダルを使いきってクレーンゲームの方へと向かった。ハンバーガー屋でも思ったが、宝来はハッキリと意思表示をするタイプなようだ。俺はそんな宝来の後ろをついていき、またまた手本としてクレーンゲームをやらされた。お次は音ゲー。その次は格ゲー。さらにはパチにも手を出そうとしたのでこれは流石に止めておいた。




「いやぁ……楽しみました…」


「そりゃ良かったよ」


 ゲーセンを一通り巡った後、宝来と一緒に椅子に座って休憩していた。俺としても久しぶりにゲーセンにこれて楽しかった。最近は色々と忙しかったからな。

 互いに疲れ、しんみりとした終わりの雰囲気が漂ってきたのを感じた俺は、どうして俺を選んだのかを聞くことにしたのだった。


「どこで俺の名前を?」


「……どこでもいいじゃないですか~」


「…………なんで俺だった?」


「………………なんででしょうね~」


 この話になった途端。宝来はどこかフワフワとした言葉遣いになり、答えを濁し続けた。それでもなお俺が追及しようとすると、宝来は急に立ち上がってそのまま歩きだした。


「お手洗いに行ってきます~」


 誤魔化すようにトイレの方へと歩いていく宝来に向け、俺は呆れながらも一応尋ねた。


「……まだ待ってた方が良いか?」


「…………できれば」


 表情は見えないが、少し弾んでいるような声色の返事を受け、俺は大人しく逃げずに待つことにしたのだった。



 ―――――――


「………まだいけそう…ですね」


 私はお手洗いの鏡の前で自身の体調を確認しつつ、メモ帳とペンを取り出してとある項目にチェックを入れた。



 ☑️ゲームセンターで遊ぶ


 ☑️クレーンゲームで景品を手に入れる


 ☑️普通のハンバーガーを食べる



 今日だけでこんなに達成してしまった。やっぱり鴉谷くんを誘ったのは正解だったかもしれない。まだ鴉谷くんも付き合ってくれそうですし、今日のうちに出来ることはやりたいな。セバスには…もうちょっと長引くって言っておかないと。


「あ…………ふふっ」


 他に何か出来ることはないかと項目を確認すると、一番最後の項目を見て思わず笑みが溢れてしまった。


「これはまだ………早いですね」


 その項目を見て気が変わった私はメモ帳を閉じ、「今日は解散しましょう」と伝えるために鴉谷くんの元に戻ることにした。本当はもう少し付き合って欲しいけどこれ以上は彼にも…ホノカさんにも悪い。1日で3つも進んだのだから成果としては充分だろう。それに楽しみはとっておかないと。



「オイこれ壊れてんじゃねぇのか!?」


「お前が下手くそなだけだよバカ!」


 お手洗いから出ると、近くのゲームを遊んでいる二人組の男性の大きな声が耳に入ってきた。なにやら太鼓のようなものを叩きながら騒いでいる。年は私よりは上のように見えるがなんとも稚拙だ。そのゲームを遊びたそうにしている近くにいる子供達も怖がっている。店員さんも迷惑そうにしているし、ここは1つ注意するとしよう。


「あの」


「あ?……なんだ俺達と遊びたいのか?」


「そんなわけないでしょう。もう少し節度を保って遊ぶべきだと思いまして。それでは壊れてしまいます」


「…どう遊ぼうが俺達の勝手だろ」


「……周りも見れないのですか?」


「チッ………喧嘩売ってんのか?」


 正面から注意すると、二人組は私の方へと歩み寄ってきた。当然私なんかよりも大きくて、今の私では殴られたりしたらひとたまりもないだろう。


 だからといって困ってる人を助けない理由にはならない。出来ないからって見過ごしていては魔法少女として活動している意味がない。


 私は男達に対して一歩も退かず、逆に自ら距離を詰めた。


「私とてあまり人の振る舞いにアレコレ言える立場ではありません。ですが貴方達が間違った方法で遊んでいるというのは分かります」


「……女だからって調子のるなよ」


「…………そういう話はしていませんが?」


「うるせぇちょっとこい」


 男の1人は私の腕を無理矢理掴もうとしてきた。穏便に済ませたかったのだけどこうなっては仕方がない。こういう方もいることは知っていましたがまさかここまでとは。


「…セバ――――」


「はいはいストップー」


 私がセバスを呼ぼうとすると、私のか細い声よりも早く、男達よりも背の高い男子が私と男達との間に割り込んだ。


「おう久しぶりじゃんリョウスケ。またこっち遊びきてんだ?」


「なっ……マコトお前…最近見ねぇと思ったら生きてやがったのかよ」


「おいおい物騒だな。そう簡単に俺が殺されっかよ」


 鴉谷くんは私と先程までとは違って飄々としており、本当にそっち側の人なんだというのが一目で分かった。勿論その事くらいは分かっていたけど、ホノカさんはそんな悪い人ではないと言っていただけに男達と知り合いなのが少し怖くなってしまった。


「にしても……お前ら何してんだ?まさか俺がいない間に調子乗ってたとかか?」


「いや…………そんなんじゃ……なぁ?」


「そうだよなぁ?前みたいに彼女の前でぶっ飛ばされたくないよなぁ?だったらゲーセンでくらい落ち着いて遊ぼうな?」


「クソッ………帰るぞ」


 男達は鴉谷くんに悪態をつくと、ゲームセンターから出ていった。鴉谷くんはため息をつきながら頭をかき、私の方を見て「あのなぁ」と話し始めた。


「あんま無茶すんなよ。俺がいたから良かったものを………」


「……来てくれたんですね」


「…………チッ…そういうわけじゃねぇよ」


「あ、照れてる」


「照れてねぇ」


 さっきまで座っていたベンチからは距離があるし、視線も通らない。少し怖いけど……やっぱり優しい人なのは伝わってくる。ホノカさんの幼馴染みなだけあります。


 そうして私と鴉谷くんが話していると、近くにいた子供達が私に声をかけにきてくれた。


「カッコ良かったお姉ちゃん!ありがとう!」

「お兄ちゃんも!ありがとう!」


「……………へいへい」


「ふふっ………やっぱり照れてる」


「うるせぇ………」


「「照れてる~!!」」


「うるっせぇ!!」


 鴉谷くんは子供達にすら弄られてしまい、恥ずかしさを誤魔化すためにかそそくさとベンチの方へと戻っていってしまった。私はその後を追いかけ、少しふてくされていた鴉谷くんに今日のお礼を伝えた。


「今日は本当にありがとうございました」


「………満足したようでなによりだ」


「はい。では……セバス」


「お呼びでしょうかお嬢様」


「帰ります。車を」


「かしこまりました」


「ちょ……ちょっと待て!」


 私がセバスを呼んで帰りの支度をしていると、鴉谷くんは焦りだして急に声を荒げた。


「どうしました?あ、もしかして~私ともう少し遊びたいんですか~?」


「いやその男いつから居た!?」


「最初からですよ~?当たり前じゃないですか~」


「なっ……………」


「……うふふっ」


 呆然としている鴉谷くんの顔が面白くて私は思わず笑ってしまい、最後に意地悪な別れの言葉を言い残した。


「また誘拐してくださいね~」


「…………二度とするもんか」


 完全に拗ねてしまった鴉谷くん。私は彼に深く頭を下げ、その日は解散となったのだった。




 ――――――




『はぁ……………』


 結局なんで俺を選んだのかの理由も聞けず、ずっと宝来に振り回された日の翌日。放課後にデザイアンが出たというのでムシャクシャしている気持ちのぶつけてやろうと思ったのだが、今日に限って俺の出る幕がなかった。


「ありがとうアンバー!いつもより戦いやすかったよ!」


「怪我人もいないようだし……本当に今日の貴女は完璧ね」


「いえ。ふたりのおかげです~」


 今日のデザイアンは弱いタイプだったし、アンバーが絶好調だったせいでピンチになんてならなかった。いや別にピンチにならなきゃ加勢しちゃいけないなんて事はないのだが……なんとなくそういう流れになってしまっている。世間の評価も「ピンチに現れる謎多き魔法少女」って扱いだし。

 そもそもデザイアンが弱い奴と強い奴で差がありすぎる気がする。デナは人の欲望が怪物になるとかなんとか言ってたがそんなに変わるものなのだろうか。

 一応その事はデナに聞いてみたが『分からない。調査中だ』の一点張りで、結局何も分からなかった。


『…………帰ろ』


 こうして八つ当たり先を失った俺は、街の修復に勤しむ魔法少女達を置いてその場を去るのだった。

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