第6話 宝石の誘い

 中間テストも終わったある日。放課後になって俺がそそくさと家に帰ろうと下駄箱に辿り着くと、待ってましたと言わんばかりに黄色い髪の女子が声をかけてきた。


「こんちには」


「こ、こんにちは……」


 綺麗な所作に穏やかな声色。そして綺麗な黄色の髪に細く華奢とも取れる体つき。いくら俺でも目の前の女子が誰だか分かる。超金持ちお嬢様の宝来ミアだ。なんでこんな何の変哲もない普通の高校に通っているのかは誰も知らない……らしい。


「はじめまして。私の名前は宝来ミアと言います。あなたは鴉谷マコトくん……であってましたよね?」


「え、あぁそうっすけど……」


 名前を知られていたことに俺が驚いていると、宝来は上目遣いで尋ねてきた。


「今日の放課後はお暇ですか?」


「…………いやぁ…」


「お暇ですか?」


「………………暇っすね」


 宝来からのお誘いに対して答えを濁していると、宝来はさらに近づいてきてぐいぐいと押してきた。あまりの強引さに周囲の視線も相まって耐えられくなった俺はとりあえず承諾することにした。

 宝来は「やった」と可愛らしい反応をすると、人差し指を立てて自慢気に語り始めた。


「では作戦を説明します。よく聞いてくださいね?」


「え、作戦???」


「はい。まずは―――」







「ふぅ……脱出成功ですね!」


「いや脱出って……裏門から出ただけじゃねぇか」


 作戦なんて言うから何事かと思ったら一緒に裏門まで連れていかされ、普通に裏門を通って学校の敷地から抜け出しただけだった。


「では次に行きましょう。早くしないと怒られちゃいます」


「一応聞くけど誰に?」


「お父さんにですよ。裏門から下校するなんて悪いことしてるってバレたらきっと怒っちゃいます。欲を言うなら閉まってて欲しかったんですが……仕方ないですね」


 宝来は俺の手を握ると、噂に聞いていたおしとやかな雰囲気とは違った笑みで微笑んできた。


「じゃあエスコートお願いしますね。誘拐犯さん」


「……今から自首すれば間に合うかな」


「もうダメです。私が許しません」



 絶対に逃がさないと示すかのように小さく細い手でぎゅっっと力を込めて握ってくる。ここで強引に振り払えることも出来るだろうがそれをした時の方がよっぽどめんどくさそうだと考え、俺は仕方なくワガママお嬢様の気まぐれに付き合うことにしたのだった。



「こ、これがハンバーガー……っ!本物を初めて見ました!」


「そりゃ良かったな」


 まずやってきたのは高校の最寄り駅近くのハンバーガー店。店にやってきて早々に宝来はメニューの安さに驚き、次に提供の速さに驚き、ただの普通のハンバーガーにも驚いていた。


「お、お手本を見せてもらってもいいですか?」


「手本?」


「はい……その…ハンバーガーの食べ方を…あ、いえ知ってはいるんですよ?手で持って頬張るんですよね?ね?」


 どうやら知識はあるが実践はしたことがないらしく、まずは俺の食い方を見て安心したいってとこだろう。俺はお嬢様の下町遊びに付き合わされている腹いせに少しばかりの報復をしてやることにした。


「……実はな、この店のハンバーガーってのは一口で食べるのが隠されたマナーなんだ」


「え!!?」


「当たり前だろ?こんだけ安いんだから。早く食って早く店を出る。回転率をあげるってやつだよ」


「そ、そんな………これを…一口で……」


 宝来は俺の明らかな冗談にわなわなと震えだし、手に持っているハンバーガーを四方八方から観察して絶望の表情を浮かべていた。俺はその様子があまりにもおかしくて、ついつい笑みがこぼれ、宝来に騙したことを謝った。


「悪いっ……冗談だ冗談。普通にこう食えばいいんだよ」


 俺がハンバーガーを頬張ると、宝来は顔を真っ赤にして俺の方を睨んできていた。


「やりましたね~……」


「まさか信じるとはな。ほれ冷めるぞ」


「…………いただきます」


 宝来は行儀よくハンバーガーに対して一礼すると、小さい口を開いてハンバーガーにかぶりついた。そのままモグモグと咀嚼を繰り返し、ゴクリと飲み込んだ後で感想を口にした。


「………思ったより………普通です」


「くふっ………そりゃそうだろうな。でも普通なのがいいんだよ。値段的にもあんたが普段食ってる方が何倍も旨いのは当たり前だろ」


「なるほど…………はむっ……」


 普通の味だと正直な感想を述べながらも、宝来はハンバーガーを食べるのをやめなかった。俺はその様子を見て残される心配が無くなり、自分の分を食べ進めることにした。


「…………………」


「……んだよ」


 しばらくすると宝来が俺の頼んだコーラを眺めていることに気づいた。頼んだ方が良いと言ったのに「いりません」と断ったのはどこのどいつなんだか。


「喉……渇きました………」


「…………そう言うと思った」


 俺はまだ口をつけていなかったコーラを宝来に渡した。


「いいのですか?」


「そんな目で見といて今さらぶるなよ」


「……ではお言葉に甘えて」


 宝来はおずおずとストローを咥えてコーラをゆっくり飲み始めた。


 すると………



「っ!!!これは!!」


 宝来は急に驚きの声をあげ、そのせいで他の客の視線を集めてしまった。俺が「すんません」と平謝りしてから宝来に視線を戻すと、宝来はハンバーガーとコーラを交互に見比べながら何やら感動していた。


「ごめんなさい鴉谷くん……私この店を見くびっていました。でも……今ようやく理解したんです。ハンバーガーとは………安く食べれるコース料理なのですね」


「…………いや違うと思う」


「違いませんよ。ハンバーガーをメインディッシュとし、コーラはドリンク。その他のサイドメニューとやらは前菜やデザートということですよね」


「うーん………」


「だってこのハンバーガーとコーラの組み合わせは素晴らしいですよ。こんなに美味しい食べ方が用意されてるのにも関わらず私は注文の際に鴉谷くんのアドバイスを興味がないからという理由で聞かず……本当に恥ずかしいです」


「…………気づけて良かったなぁ」


「はい。ありがとうございます」


 ハンバーガーとコーラでそんなに感動出来る感性を素直に羨ましいと思いつつ、なんで俺がエスコート役に選ばれたのかを未だに聞けないまま、とりあえず宝来が食べ終わるのを待つことにしたのだった。

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