第5話 喧嘩するほど

 中間テストを間近に控えたある日の朝。俺が呑気に学校へと向かっていると後ろからうるさい足音をたてながら誰かが駆け寄ってきた。


「……おっはよーっうぉ!?」


「はい残念」


 本人は驚かせたかったのだろうが朝からコイツに構いたくもない。というわけで勢い良く突っ込んできたのを俺がサラリと身を翻して躱すと、勢いのままコケそうになったピンク髪の幼馴染みはこちらに振り向いて不満そうに頬を膨らませていた。


「……避けんなよー」


「そっちこそガキじゃねぇんだから突っ込んでくんなよ」


「いいじゃん少しくらい……」


 ホノカは頬を膨らませたまま俺の隣に並ぶと、そのまま一緒に歩き始めた。


「なんだよ」


「…テスト勉強の調子はどうだろなぁって」


「別に……今まで通りだな」


「うわマジか。え、2年から急にムズくない?」


「まぁ難しくはなったけどよ、ウチは赤点さえ取らなきゃ良い方針なんでね。気楽にやらせてもらってますわ」


「いいなぁ……私なんておこづかい減らされちゃうよぉ…」


「ザマァみろ」


「は?ひど。そんなんだから非モテなんだよ」


「非モテじゃねぇ作ってねぇだけだ」


 いつも通りのどうでもいい会話をしながら登校する。ホノカもテストがどうこう言っているが勉強は出来るタイプだし、この学校自体もレベルが高いわけではない。だから真剣に話を聞くだけ無駄って訳だ。


 そんなこんなで学校にたどり着くと、校門の付近でただならぬオーラを放っている女子を見かけた。青く長い髪をなびかせ、何やら単語帳らしきものを読みながら歩いている。


「あ、セリナちゃんだ……ごめんマコト。私先に行くね!」


「おう」


 ホノカもその女子が気になったのか急いで駆け寄って声をかけた。だが女子の反応はあまり良くなく、ホノカと軽く言葉を交わすと急ぎ足でその場を去っていった。

 俺は置いていかれてしょぼくれているホノカに声をかけた。


「はいフラれた」


「どうしたんだろ……」


「どうしたこうしたもテストに集中したいんだろ。見るからに真面目そうだし」


「……………そう…かな」


 不安そうな目で呟くホノカ。友達が多いってのも考えものだ。



 そしてその日の昼休みの終わり際。屋上から教室に戻っていると、足取りがおぼつかない青髪の女子が前方からこちらに歩いてきていた。朝ホノカが話しかけていた女子だ。


 そんなフラつくまで勉強なんざするもんでもないのに。と思いながらすれ違おうとしたタイミングで、女子は何かに躓いたのか少しよろめいた。それだけなら良かったが体勢を立て直そうとする様子がない。目の前でコケられても困るので俺は仕方なく女子の肩を掴んで支えた。


「ちゃんと前見て歩くこった」


「…ありが……ってあなたは!」


「ん?なんだよ」


 感謝されるどころか女子は肩に置いてあった俺の手をすぐにどけ距離をとった。いくらなんでもそこまで身を引かなくてもいいだろうに…


「………っ…首のボタン開いてるんだけど」


「開けてんだよ。言わせんな」


「校則には従いなさい」


「はぁ……やっぱそういうタイプかよ…」


 見た目どおりのお堅い女。俺が一番苦手なタイプだ。こんな言われるんならホノカの知り合いだからって助けるんじゃなかった。


 それにしても俺を睨んできている目元には隈が目立つ。まさか寝てないのか?テスト本番は来週だぞ?


「……なに。そんなジロジロ見ないで」


「そりゃ悪かった」


 俺は観察しすぎたことを謝ると、仕方なくシャツのボタンを閉め、教室に戻ることにした。


「テストなんて適当にやりゃいいんだ。あんま友達に迷惑かけんなよ」


「なっ……!?」


 ついでに嫌味も込めて丁寧なアドバイスを授け、何か言いたげな表情をしていた女子から逃げるように俺はさっさとその場を後にした。




 ―――――――



「なんなのよ…あの人も…あの男も……!」


 放課後。私は勉強の為に近くの図書館へと向かっていた。だが私の頭には勉強のことなんかより続けざまに2人に言われたことばかりが気になって仕方なかった。


「私だって………誰にも迷惑かけたくないから……頑張ってるのに…………っ」


 フラつく体をなんとか制御し、真っ直ぐ歩く。歩いているつもり。さっきから何度もコケそうになって、自分でも限界なのは分かってる。


 でも私はこれしかやり方を知らないから…


 私には他に何も出来ないから………




「ヨコセエェェ!!」


「!!?」



 ようやく図書館に辿り着いたかと思ったら急に図書館の天井を突き破る形で大量の本が飛び出してきた。今の雄叫びからしてまさかデザイアン……しかもこの魔力の質は……!!


「どこか隠れて………っあ!」


 急いでホノカ達に連絡しようとすると、私のスマホが入っている鞄ごと空中に吸い寄せられてしまった。

 やがて空中に漂っていた大量の本は怪しい光となり、1つになって巨大な本へと姿を変えてしまった。表紙には大きな目がついており、あの巨人型や怪獣型と同じような魔力を放っていた。


「っ…………どうしたら……」


 私はすぐに物陰に隠れ、息を潜めた。


 情けないが私1人で勝てるわけがない。あの黒い魔法少女ならまだしも……



 いや……でも!!私がここで逃げたら確実に人が死ぬ!!そんなことしたら私が魔法少女になった意味がないじゃない!!時間さえ稼げれば良い!!!ホノカ達やあの人がくるまでの時間さえ……!!


「ふぅ……………っ変身メタモルフォーゼ!!」



 ――――――



『マコト。デザイアンだ』


「あ?またかよ…………」


 俺が部屋で試験勉強をしていると、窓からデナが入ってきてそう告げた。


『急いだ方がいい。スカイが単独で戦闘中だ。しかも相手は強い』


「ったく……早く場所教えろ!」



 デナから場所を教わった俺はすぐに変身し、通っている学校近くの図書館へと急ぐのだった。




『見つけた』


 図書館に向かうと、未だにスカイが1人で戦闘している最中だった。他の2人の姿はない。そしてスカイは満身創痍。巨大な本の姿をしているデザイアンは膝をついているスカイに対して大量の鉛筆を発射した。


『この展開何回目よ!』


 俺はすぐにスカイの前に降り立ち、迫りくる鉛筆の先端を両手でガッシリと掴んで受け止めた。後はこれを振り回して………


「ダメ!!すぐに放り投げて!!!」


『え…………』



 スカイの助言を俺が実行するよりも早く、鉛筆は光を放ち、凄まじい爆発を起こした。その爆風が他の鉛筆を爆発させ、連鎖的に爆発していった。


『……なかなか痛いわね』


「だ、大丈夫!?」


『平気。それよりも貴女は?』


「私もなんとか……」


 爆弾とは驚かされたが耐えきれないほどじゃない。次の攻撃はまだこない。ならこの隙をついて終わらせる!


『フッ……!』


 俺が接近したのに反応したのか、本のデザイアンは白紙のページから大量の鉛筆を召喚した。だがもう遅い。ここで俺にぶつければ自分もろとも………………ってあれ?


 召喚された鉛筆は俺に向けられたものではなく、真っ直ぐスカイの方へと飛んでいったのだった。


『チッ……小賢しいわね!』


 デザイアンを倒せば止まるかもしれない。だが止まらなかったらスカイはどうなる。俺ですらそこそこ痛かったんだ。既に体力が限界に近そうなスカイがくらってしまえば本当に死ぬかもしれない。


 俺は急旋回し、スカイの元へと戻った。迫りくる鉛筆より早く辿り着き、スカイをお姫様抱っこの形で抱えあげると、全速力で空中へと飛び立った。


「ちょっ……私のことはいいから、早くアイツを倒さないと!」


『暴れないで!細かい制御苦手なんだから!』


 空中を飛び回りつつ鉛筆を躱し続ける。デザイアンからは常に鉛筆が射出され続け、息つく暇もない。そうして逃げ回っていると暴れていたスカイは急にしおらしくなり、ポツリと呟いた。


「っ……ごめんなさい…私が……足を引っ張ってばかりで…………」


『それ今じゃなきゃダメ!?弱音を吐く暇があったら貴女も応戦しなさいよ!』


「でも……いくら狙っても私の攻撃なんか当たらなくて…………」


『あぁ……もう………』


 絶体絶命のピンチだというのに後ろ向きなことしか言わないスカイ。俺は細かい制御をしているのも相まってムカつき、我慢できずにスカイに対して怒鳴った。


『貴女バカでしょ!魔法少女の力の使い方くらい教わらなかったの!常に勝つことだけを意識してなさい!そもそも狙わなくてもこれだけの量なら適当に数打てば当たるわよ!律儀に狙うなんてホントバカね!』


「バッ……バカバカうるさい!人が気にしてることを!」


『だからっ……暴れないでって!それだけの元気があるなら早く私の言った通りにして撃ち落として!』


「そんなこと出来るわけないじゃない!貴女を巻き込んじゃう!」


『私が貴女みたいなバカの攻撃になんて当たるわけないでしょ!』


「はぁぁぁ!?また言ったわね!?」


 攻撃をなんとか躱しながら俺はひたすらに上昇を続けた。丁度デザイアンの真上にくる位置にやってくると、俺の言葉に激昂したスカイは俺の腕から無理矢理降り、覚悟を決めたような表情で叫んだ。


「当たっても知らないから!私のせいにしないでよ!」


『当てれるもんなら当ててみなさい!』


「っ………このっ…………!!」


 スカイが空に向かって両手をかざすと、空に大きな雲のような紋章が現れた。そしてスカイがそのまま全力で両手を振り下ろすと、まるで雨のように青い矢がこちらに向かっていた鉛筆達へと一斉に降り注いだ。


 大量の矢は鉛筆を悉く撃ち落とし、当たらなかった鉛筆も近くで爆発した余波で爆発した。


『なんだ。やればでき…あっぶな!?』


「……惜しい」


『…………後で覚えておきなさい!』


 完全に俺に向かって飛んできた矢を躱すと、スカイはニヤリと微笑んだ。俺はいずれ報復をすると誓い、鉛筆の処理を任せて下にいるデザイアンへと向けて一直線に突撃した。上空から矢の雨と共に一気に降りる様はまさしく雷そのもの。デザイアンは本を閉じ、明らかな防御の構えをとってバリアらしきものを張ろうとしていた。


『遅い!!!』


 だが俺はそんなのお構いなしに、勢いを利用した全力の踵落としをデザイアンの巨大な目玉にぶちかました。

 地面に叩きつけられたデザイアンは光となって消滅していき、巨大な窪みが出来た地面には大量の本や鞄が散らばった。


『…………ふぅ』


 完全に消滅したのを確認し、辺りを見渡す。パッと見では重傷者はいなそう。図書館も天井に穴が空いているだけでこれならすぐに直せるだろう。

 1人で戦っていたはずなのにこれだけ被害が少ないとは流石は先輩魔法少女だな。


「……流石ね」


 状況を確認し終え後は任せて帰ろうとすると、上からスカイが降りてきて俺へと声をかけてきた。


『まぁね』


「貴女名前は?あるの?」


『………私はレイヴン』


「レイ…ヴン……………ねぇそれって」


「スカイーー!!!」


 俺が初めて名を名乗り、スカイと握手でもしようかとしているとようやくフラワーとアンバーが駆けつけた。


『後のことは任せたわ。じゃあ』


「え……ねぇちょっと!」


 これ以上残ったら後片付けまで押し付けられそうだと思い、俺はスカイに手を振ってそそくさと家に帰るのだった。





 時は過ぎ、中間テストも終わって結果が全て帰ってきた。俺はいつも通り赤点を回避し、ホノカもそこそこの結果だったようで「お小遣いそのまま~」と嬉しそうに見せびらかしてきた。


 休み時間にうざ絡みしてくるホノカから逃げるように俺がトイレに向かっていると、青髪の女子が反対側から歩いてきた。前よりも元気そうで、足取りもしっかりしていた。きっとテストも良い結果だったのだろう。

 だがわざわざそれを聞くのも野暮だと思い、普通にすれ違おうとしたのだが、何故か向こうは足を止めこちらを見つめてきていた。


「……今日はボタン閉めてますけど?」


「…………そこじゃない」


「じゃあなんだよ…」


「この前は……その…………」


 どうにも歯切れが悪そうにしていたが、顔を少し赤らめてから俺に頭を下げてきた。


「本当にごめんなさい。貴方は私を助けてくれたのに……つい怒っちゃって…………」


「そんなの気にしてねぇって…元気そうで良かったよ」


「えっと…………あと、もう1つ。貴方のアドバイスもあって……その………今回のテストだったんだけど…………」


「あーはいはい。それも良いって。お前が頑張った結果だから」


「いやそれでも言わせてほしい。私ね…実は…………」


 ほとんど嫌味だったんだから感謝されるものでもない。そんなのでいちいち頭を下げるなんて真面目というかなんというか……


「初めて赤点が無かったの」


「………………ん?なんて?」


「だからっ…高校に入って初めて赤点を回避したの」


「………………はぁ?」


「あの後しっかり寝て、適度に勉強して、それからテスト前も一夜漬けとかしなかったらちゃんと最後まで解けたの。そしたら全部ギリギリだけど赤点じゃなくて…お父さんも安心してくれて……だからね、本当にありがとう」


 ものすごい良い笑顔で感謝してくれているが俺はもうそれどころではなかった。てっきり1番になれないから悩んでるとかそういう話だと思ってたのに……まさか…………


「…………お前、実はバカなの?」


「なっ……人が気にしてることを!勉強が出来ないのがそんなに悪い!?」


「いやいやだって!あれだけ真面目ぶってたんだから頭良いと思うだろ!?」


「あー!また気にしてること言ったわね!やっぱり貴方のことなんて嫌いよ!これだから不良は!ホノカと今すぐ別れなさい!」


「な、なんでそこでアイツの名前が出てくんだよ!?しかも別にそういう関係じゃねぇし!お前やっぱバカだろ!」


「またバカって言った!最低!!デリカシーってものが無いわけ!!!」


「なんで喧嘩してるのふたりとも!?」


 子供みたいな言い合いはやがて互いにヒートアップして止められなくなり、大声を聞き付けたホノカによってなんとか仲裁されることでその場は収まることとなったのだ。


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