第4話 霞む空

「………………よしっ」


 とある休日。1学期中間のテスト期間真っ最中だと言うのに俺は勉強もせずに机の上にスマホをカメラがこちらを向くように起き、息を整えていた。


「……変身メタモルフォーゼ


 デナに教えてもらった変身する合図の台詞を口にすると、俺の体から黒い光が放たれたと同時に一瞬で体型や服装が変化した。かれこれ3回目だが姿が変わる瞬間の気分の悪さは慣れない。デナに聞いても『そんなものだ』と流されてしまった。

 だが今はそんなことはどうでもいい。俺にはやらなければならないことがあるのだから。


 女の姿に変身出来るようになってずっっと思っていたことだ。少し罪悪感があるが、でも間違いなく俺の体だ。悪いことはしてない。


『では………』


 俺は自身の胸部へとそーっと両手を伸ばした。確認するだけ………触るだけ……別に俺の体だし…………ちょっと撮影も出来れば一石二ちょ―――



『なにしてるんだいレイヴン』


『きゃあっ!?』


 もう少しで揉めそうだったのに突然脳内に女の声が響いてきた。俺から発されたとは思いたくない甲高い声を出しつつ、急いで周囲を見回すとデナがベッドの下からヌルリと這い出てきた。


『いや…………別にっ?…何も??』


『そうかい?』


 いつもは居ないくせにこういう時だけ現れやがる。デナ曰く精霊に性別なんてものはないらしいが聞こえてくるのが女の声のせいで驚きすぎてショック死するかと思った。

 大切な実験を邪魔された俺がすぐに変身を解こうとすると、デナは現れた用件を伝えてきた。


『デザイアンだよ。彼女達も応戦中だ』


『…………分かったわ』


 タイミングが良いのか悪いのか……俺はデナから認識阻害とやらの魔法をかけてもらい、急いで窓から飛び出して現場へと急行した。




 そうしてたどり着いた頃にはデナの言うとおり戦闘中で、俺はやっと慣れてきた空中浮遊の練習がてら先輩魔法少女達の戦いを上空から眺めることにした。



 そもそも魔法少女が戦っている相手というのは名前を「デザイアン」と言うらしい。人々の欲望が物に宿り、バケモノの姿になって暴走しているのだとか。そんなことが起こるものなのかと最初に聞いた時は思ったが、男が女になってるんだから今更だと思うことにした。


 そんな事態を危惧して別の世界から派遣されたのがデナのような精霊らしい。精霊の仕事は現地の人間に力を与え、様々な驚異に対抗すること。そしてその力というのが「魔法少女化」ということらしい。


 しばらく聞いていたら頭が痛くなってきたので詳細は忘れたが、とにかく今まさに戦闘中の3人もそういう事情で戦っているらしい。正体がバレると記憶を消されるとかいうオマケ付き。勝手に力を与えておいて恐ろしいこった。



 そんな彼女達の今日のお相手は……


「ヒレフセー!」


 ……なんだアレは。元はバケツか?手足が不自然な生え方をしていてマジで気色悪い。

 といっても見た目が気色悪いだけで戦闘力は対したことないのだろう。前回と前々回とは違い善戦している。フラワーは調子良さそうだし、アンバーも問題なさそう。



 だがスカイは………


「っ……なんで当たらないのっ!」


「落ち着いてスカイ!焦っちゃダメ!」


「分かってる!分かってるけど……!」


 魔法で作った青色の弓を構え、同じく青色の魔法の矢を放つ。しかし矢はデザイアンには掠りもせずにあらぬ方向へと飛んでいっていた。不調そうなスカイをフラワーが気にかけて……マズイな。


「ヒレフセーー!!」


 3人の連携が崩れた瞬間を狙ってバケツ型のデザイアンはスカイめがけて……頭?体?に溜まっていた大量の水をまるでビームかのように発射した。


「えっ…………」


 そんな大振りな攻撃にすら反応出来なかったスカイは尚も身動きが取れずにいた。

 今日は助けるつもりはなかったのだが仕方がない。俺は放たれたビームをなんとかしようと急いでスカイの前へと着地した。


「貴女は…………っ」


『スゥーッ…………フッ!!!』


 バリアなんて高等な事が出来れば良いのだが、慣れてないことは本番でするものではない。というわけで俺は水のビームに対して正面から全力のパンチを繰り出した。すると水のビームは俺のパンチの風圧でどんどん打ち消されていき、最終的にデザイアンまで届いた風圧によってデザイアンの体勢を大きく崩すことに成功した。


「…………あっ…今ですフラワー!」


「え……うん!ブロッサムゥ…パーンチ!!」


 呆気に取られていたアンバーとフラワーだったが、一瞬でやるべきことを見定めてデザイアンに見事トドメを差したのだった。


 だが戦いが終わった後も俺の後ろに座り込んでしまっていたスカイはただ呆然としていた。


「………………私はっ……!」


『………………』


 魔法少女の力というものがデナの言うとおりなら今のスカイは実力を思い通りに発揮できていないのだろう。何かしらの悩みでもあるのだろうが、そんな状態で戦っても周囲の足を引っ張るだけだ。


 俺はスカイの元へと近寄ると、敢えて冷たく言い放った。


『戦う気がないならやめておいたら?自分のせいで仲間を失いたいの?』


「なっ……!?」


 スカイは何か反論したげな表情になったが何も言い返してこなかった。気まずくなってしまった俺はそれだけを言い残して急いでその場を去ったのだった。



 ―――――――



「ただいま………」


 戦いの後、私は今日のことを励ましてくれたホノカやミアに対して申し訳なくなって逃げるように家へと帰った。

 今日の戦いは明らかに私が足を引っ張っていた。あの黒い魔法少女に言われたことは正論だ。私はふたりを危険に晒したのだ。


「やっと帰ってきたのか」


 私が肩を落としながら2階にある自室に向かっていると、リビングの方からお父さんが声をかけてきた。


「うん……ただいま…………」


「他所で勉強会をするのも結構だが、今回は大丈夫なんだろうな?」


「うん……分かってる。今度こそお父さんの期待は裏切らないから………」


「……ならいい」


 親子にしては淡白すぎる会話をし、私は自室へと向かった。そして急いで机の上に教科書やプリントを広げ、テスト勉強にとりかかった。



 今回のテストで結果が出せなかったら……



 私にはもう…………

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