第22話 主従である前に

 宝来にとんでもない約束を取り付けられた俺は風呂に浸かりながらどうしたものかと悩んでいた。流れるように連絡先を交換することになり、行く場所やプランは全て俺に任せると言われてしまった。


 とはいっても俺が了承をしたわけでもないし、このまま無かったことにだって出来るかもしれない。俺が美空へのリアクションに困ってるという話と結び付いてこないし、単なるいつものお嬢様の気まぐれに決まってる。宝来だって無茶を言ってるのは理解してるだろうし、行かないと断ればいいだけ………


「…………いいだけなんだけどなぁ」





「………早いですね~」


「…まぁな」


 約束した土曜日の昼前。集合場所にしていた大きめの駅の構内で待っていると、宝来が集合時間の5分前にやってきた。

 適当に挨拶を交わしつつ、目的の場所へと行こうとしたのだが宝来はその場から一歩も動こうとしなかった。


「どうした?足でも挫いたか?」


「いえ。でも私に言うことがあると思いませんか?今日は彼女役ですよ~?」


「………手は繋がねぇぞ」


「減点ですね~」


 宝来はそう呟くと少し不満そうにしながら俺の前を歩き始めた。そのなんともいえない後ろ姿を見て観念した俺はとりあえず思っていることを口にしてみた。


「その格好、似合ってて…良いと思う」


 正直女子の服の違いなんて分からないし、宝来が着ているのもただの黄色ベースのワンピースなはすだ。だが履いている靴や持っているバックから明確にオシャレをしてきたのだと伝わってはくる。なんとなく高そうな雰囲気も出てるし。実際めっちゃ高いんだろうけど。


「…………まぁまぁですね~」


 俺からの感想を聞いた宝来はこちらを見ないままそう答えたが、その足取りは不思議と軽くなっているような気もした。俺はそんな宝来の後を追いかけ、今日の目的地である水族館へと向かうことにしたのだった。

 どうして水族館なのかと言われれば俺が好きだからと答えるしかない。落ち着けるし女子と出掛ける場所なんて水族館くらいしか知らない。


 というわけでいつも行くところよりも立派な水族館へとやってきた俺達はパンフレットに沿って片っ端から見て回ることにした。宝来はとても楽しそうに目を輝かせていた。つまらなかったらどうしようかと悩んでいたが、宝来の好奇心の前には杞憂だったようだ。



「お手洗いに行ってきます~」


「おう行ってら」


 半分程度見回ったところで宝来がトイレに行きたいと提案してきた。俺はついでに休憩を取ることにして、近くのベンチに座って宝来を待つことにした。


「失礼します」


「………あぁなんだ執事さんか」


 宝来が居なくなった瞬間に背後から声をかけられた。一瞬身構えたが若々しい男の声やなんとなく感じる雰囲気から宝来の執事であると分かった。それにしても声をかけてくるなんて珍しいことあるもんだ。


「お嬢様がお世話になっております」


「いつも振り回されて大変だよ」


「では何故、約束を断られないのですか」


「…断った方がめんどくさそうだからだよ」


 俺の答えに執事は沈黙を挟んだ。そのまま気まずい空気が流れ、耐えられなくなった俺は振り向いて話を振ることにした。


「なぁ執事さんは………いねぇし」


 先程まで背後にいたはずの執事はいつの間にか姿を消していた。周りを見てもそれらしき姿は見えない。忍者か何かなのかあの人は。



「すいませんお待たせしました~」


 しばらくして宝来がトイレから戻ってきた。俺は水族館巡りを再開する前に少し気になったことを聞いてみることにした。


「答えられないなら良いんだけどよ、執事さんとは古い付き合いなのか?」


「どうして気になるのですか?」


「いや……毎回あの人だよなぁって」


「…………そうですね。私が幼い頃からの付き合いです」


 宝来はそれだけ言い、口をつぐんだ。これ以上は言いたくないということなのだろうか。金持ちには俺なんかでは分からないような話が沢山あるに決まってるし、となれば関係性は深く聞くのも野暮ってものかもしれない。


「……良い人だよな。お前のワガママに付き合ってくれて」


「…………はい」


 宝来は少し恥ずかしそうに頷き、我先にと水族館巡りを再開し始めた。俺も置いていかれる前にベンチから立ち上がり、何故か早歩きになった宝来の後をついていくのだった。



 ―――――――――




 私の勤めはお嬢様の幸せを守ること。鴉谷マコトがどういう人物なのかも調べがついている。多少の素行の悪さに目を瞑れば一般人だ。それにその悪さをお嬢様に向ける気配もない。


 だからこそお嬢様も彼を選んだ。そんなことは充分に理解できている。


 だが、もしもを考えずにはいられない。


 主従の関係である以上は越えられない壁はある。それに主従の関係だからこそお嬢様とは出会えたのだ。


 そう何度も言い聞かせたはずなのに……どうしてここまで心臓が痛む。目の前でお嬢様が楽しそうにしている姿のどこに不満がある。



『よお。力が欲しくないか?』


「っ!?」


 突然頭の中に野太い男性の声が響いた。辺りを見回してもそれらしき人物はいない。幻聴にしてはやけに鮮明な声だったが、気にせずに2人の護衛を続けようとした。



『アレは良い女だよなぁ……どんな手を使ってでも自分の女にしたいよなぁ?』



 だがその男の汚ならしい声は再び脳に響いてきた。しかもお嬢様を悪く言うような口振りで。


「貴様何を言って……がっ!!?」


 そんな謎の声に対して反論しようとしたその時。まるで心臓を手で掴まれているかのような不気味な感覚に襲われた。

 そして心臓から全身に得体の知れない何かが巡っていくのを感じるのと同時に、あまりの不快感に耐えられなかった私はそのまま意識を失ってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る