第21話 変わっていく距離
スカイ、もとい美空からとんでもない相談を受けた翌日。休み時間の廊下で美空が声をかけてきた。
「あ、鴉谷!」
「……………」
俺は無駄に元気な美空の呼び掛けをガン無視することにした。だが美空は諦めてくれずに声をかけ続けてきた。
「ねえ私が勉強とか教えてあげようか?夏休みの課題とか一緒にしない?どうせ鴉谷は溜め込むタイプでしょ?ホノカに頼ったら可哀想だから私が手伝ってあげるよ?」
「………1人でやる」
少し前まで目の敵のようにしていた癖に急に絡んでくる。それが好意からくるものなのだと認識してしまっている今はあまりの気恥ずかしさにぶっきらぼうな返事しか出来ない。だがそんな俺の様子なんて美空は気にも止めておらず図々しく話しかけてきていた。
「あら?あらあら~?」
俺が美空から逃げるように廊下を歩いていると、「面白いものを見つけた」とでも言いたげな顔の宝来が行く手を塞ぐように俺の前に立ちはだかった。
「仲良しですね~」
「わ、私はそうは思わないけど!鴉谷がどう思ってるか次第じゃないかな!!」
「………別に良くねぇよ」
「…………あらあら」
宝来としてはいつも通りに茶化しにきただけなのだろうが、俺はそのボケにすら乗りきれずに暗い返事をしてしまった。すると宝来は俺と美空を交互に見比べて何かを納得したかのように提案してきた。
「そうだ鴉谷くん。今日はお暇ですか?」
「今日?まぁ……暇だな」
「でしたら少し付き合ってください~」
「ちょっと……ミア!良くないって鴉谷とふたりっきりなんて!」
宝来からの誘いに美空が待ったをかけてきた。俺としても断るつもりだったのだが、宝来が意味深なウィンクをしてきたのでもしかしたら相談にのってくれるかもと思い俺は久しぶりに宝来の誘いに乗ることにした。
「分かった。少しだけな」
「やった~」
「ぅぇ゛っ!?鴉谷!?」
女子が出してはいけない声でリアクションした美空には一切触れず、俺と宝来は放課後に会う約束を取り付けたのだった。
そうして放課後。俺は宝来が行ってみたいという喫茶店にまで足を運んでいた。宝来は期間限定のパフェを頼み、そのパフェと一緒に自撮りをしていた。
「いぇーい」
「……楽しそうだな」
「それはもちろん。鴉谷くんと一緒ですし」
「………あっそ」
美空からの余計な相談のせいで宝来のこういう冗談も真に受けてしまう。からかわれてるだけなのは分かってるのに妙にソワソワする。
「……それで~?セリナちゃんと何かあったんですか?」
写真を取り終え、パフェを食べ始めながら尋ねられる。やっぱりあの目配せはそういうことだ。美空にもこの察しの良さを少しは見習ってほしいものだ。
俺は頼んだコーヒーに砂糖を入れながら要点だけを話すことにした。
「最近アイツが妙に絡んでくるからよ。ちょっとこう……リアクションに困るっていうか」
「………嫌なんですか?」
「嫌ってわけじゃねぇけど……」
そう嫌ではない。嫌ではないからこそ困ってるんだ。正直美空と言い合ってる時は楽しかったし、もし好意を向けられてるのだとすれば嬉しくないわけがない。でもそれとこれとは話が別で……
「んー…………なるほど~……」
宝来は俺の話を聞いて何かを考えながらパフェを口に運んでいた。そのまま一口二口と食べ進み、三分の一程度を食べたところで手を止めてこちらを向いた。
「鴉谷くんって彼女とか居たことあります?」
「……関係ないだろ」
「あります」
「…………ねぇけど」
「じゃあ好きな人とかは?」
「ねぇよ」
宝来からの何の意味があるのか分からない質問に答える。そんな俺の答えに宝来は「うんうん」と頷くと、急に覗き込むような上目遣いをしてきた。
「私と恋人ごっこしましょう」
「…………は?」
気のせいだろうか。宝来がサラッととんでもないことを口走った気がするのだが。
「じゃあ初デートは今度の土曜日ですね。楽しみにしてます」
宝来は勝手に話を進め、自分だけ納得してから満足そうにパフェの残りを食べ始めた。当然俺は納得なんてしてないのでひたすらに問い詰めたのだが、宝来は「お楽しみです~」と返してきて詳しい内容なんてものは最後まで教えられなかった。
その後、宝来は少し吐きそうになりながらもパフェを食べ終え、いつも通り執事の人を呼んでから高そうな車で帰り、残された俺は勝手に決められた約束を守るかどうかを悩みながら家まで帰るハメになるのだった。
―――――――
「うっぷ………」
「大丈夫ですかお嬢様………」
「無理しました……」
お嬢様を乗せ、屋敷へと戻る。最近のお嬢様は本当に楽しそうだが、無茶な事をする時もあるので心配にもなる。鴉谷マコトのような男とつるんでいるのも気がかりだ。
「ねえセバス」
「なんですか」
「聞いてたと思うけど今度の土曜日、彼とデートするから。よろしくね」
「…………来ませんよ。ああいう男は」
「いえ。鴉谷くんなら来ます。絶対に」
「っ…………かしこまりました」
ハンドルを握る手に力が入ってしまう。お嬢様の成し遂げたいことは理解している。それらを叶えるためには時間があまりにも少ないことも。
だが………っ!
「……セバス?体調でも悪いのですか?」
「いえっ!大丈夫です………」
お嬢様の声で我に帰り、強く握っていた拳の力を緩める。
忘れてはならない。私はお嬢様に仕える身であること。そういう運命の元に生まれてきたのだということ。
例え自らの心臓が張り裂けそうになろうとも。
決して忘れてはならないのだ。
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