第26話 平和で楽しい夏休み

「皆で海に行きたくないですか?お泊まりで」


「行きたくない」


「またまた~」


 一学期の終業式が終わり、ようやく夏休みに突入。とっとと家に帰ろうとしたのに廊下で待ち構えていた宝来に捕まってしまった。


「行きましょうよ~。思い出作りに~」


「俺が行く必要はないだろ」


「ありますよ~。か弱い女の子だけだと危ないじゃないですか~。ボディガードですよ~」


「それなら執事さんがいるだろ」


「セバスは私のセバスですので~。ホノカさんやセリナさんには渡せません~」


「……あっそ」


 あれ以来、宝来から遊びに誘われることはなくなった。俺は所詮当て馬に過ぎなかったことに多少の苛立ちは覚えつつも気まぐれお嬢様から解放されたと安堵していた。

 だというのにコレだ。何か企んでるに違いない。そう何度も俺が引っ掛かるわけが…


「バイト代出ますよ~」


「……………」


「私、お金持ちですよ~」


「…………………」


「なにしてるんだマコト?」


 宝来の誘いに俺が惑わされそうになっていると、デナが教室から出てきて抱きつきながら状況の説明を求めてきた。


 ちなみに、デナに先日の水族館で起こった出来事で知ってることはないかと聞いてみると案の定「知らない」という答えが返ってきた。流石に怪しすぎる。怪しすぎるが疑いすぎるのも良くない。ワープとか出来る相手だ。もし悪い奴だとしたら多分一瞬で殺される。


「そうだデナさん。海に遊びに行きたいですよね~?」


「海……見たことないです。行ってみたいです!」


「そうですよね~。では決まりです~」


「……給料はたんまり貰うからな」


「分かってますよ~。ではまた1週間後に~」


 交渉が上手くいってご機嫌な宝来はスキップしながら一足先にと帰っていった。俺はこうなったら給料をふんだくってやろうと考え、まだくっついているデナを引きずりながらその日は帰宅するのだった。




 1週間後……



「なっ……なんで鴉谷がいるの!?」


「……聞いてなかったのかよ」


「まぁまぁ!いいじゃんセリナちゃん!」


 宝来に集合場所として指定されたのは高校最寄りの駅前。俺とデナがついた頃には既に美空とホノカがいて、話を聞かされてなかったのだろう美空は俺に噛みついてきた。炎天下だというのに騒がしく元気が溢れている駅前に真っ黒で長い車が停車した。


「お久しぶりです~」


「「「………………」」」


 車のドアが開き、中から日傘を差しながら宝来が下りてきた。ガッチガチの金持ちムーブをみせつけられた俺達は反応すら出来ずにただ呆然としていた。そんな俺達の様子を見た宝来はおかしそうに笑い、「ではどうぞ~」と車に乗るように促してきた。


「え、これに乗っていいの!?」


「はいもちろん~」


 車は所謂リムジンってやつだ。ホノカが驚くのも無理はない。こんなあからさまな高級車に乗る機会なんて今後こないだろう。俺だって正直ビビってる。


「で、ではお言葉に甘えて………」


「どうぞどうぞ~」


 恐る恐る乗り込むホノカについていくように俺達も乗り込む。中は思った以上に広くて、高そうな飲み物が陳列している。椅子だって家にあるソファより柔らかい。怖い。



「では出発~!」


 あまりの高級さにビビりまくっている俺達をよそに宝来はテンション上がりまくりで、その掛け声と共にリムジンは動き出し……動き出したんだよな!?全然揺れないんだけど!?





「到着です~」


「…………これまたデカいな」


 着いた先は海ではなく、別荘という名前がよく似合う二階建ての建物だった。周りは木々などの自然に囲まれており、俺達以外に人の気配はない。ここに来るまでに目的地と思わしき海があったのだが、そこにすら人はいなかった。その時点でまさかとは思っていたがまさか……


「ね、ねぇミア?ここってもしかして……」


「はい~。プライベートビーチ。もっと言うならここらへんは私有地です~」


「…………まさかここまでだったなんてね」


 全員の疑いを代弁してくれた美空へと宝来が告げた。金持ちだと分かっていたが私有地だとか言い出されるとは思ってなかった。


 というか………


「おい。ちょっとこい」


「……なんですか~?」


 俺は宝来を一旦他のメンバーから引き剥がし、2人だけで話をすることにした。


「私有地ならボディガード要らねぇだろ」


「分かってませんね~。もしもディザイナーズが襲ってきたらどうするんですか~?」


「それは………」


「大丈夫です安心してください。もしもの時は私も誤魔化すのを手伝います。女装癖の鴉谷マコトくん」


「それは違うって言ってるだろうが」


「ふふっ。どうでしょうねぇ」


 宝来は約束通り俺の正体を2人には言っていないらしい。それは良いのだが女装癖だと言うのだけはやめてほしい。風評被害ってやつだ。


「あ、これ。約束の品です」


「ん?」


 話は終わっただろうと言わんばかりの宝来が皆の元に帰る直前、俺にとある物を渡してきた。それは一般的に小切手と呼ばれるような物で、裏面には宝来の父親らしき人物のサイン。そして表面には数字が書いてあった。


 一、十、百、千……万…………じゅっ…


「おいおいおい!?桁間違えてるだろ!?」


「今回のバイト代と、今までの諸々。これからの諸々も含まれてます。いらないなら返してください」


「嫌っていうか…それにしても多いっていうか……」


「………では減らしますね。一度返してください」


「あ、ちょっ……減らさなくていい!返してくれ!」


 あまりの0の多さに素直に受け取ることを躊躇っていると、宝来が小切手を奪い取っていきヒラヒラと挑発してみせた。受け取れるものは受け取りたいのは確かなので俺はなんとか取り返そうとしたのだが、クルクルと回りながら日傘を使って躱し続ける宝来と戯れるハメになってしまった。



 ――――――



「……最近さ、マコトとミアちゃんって仲良いよね」


「べべ別に!?私は鴉谷が誰と仲良くなろうと知ったこっちゃないけど!?」


 私達から離れてこそこそ話を始めたかと思えば急にイチャイチャし始めた幼馴染みと友人を見て思っていたことを呟く。するとセリナちゃんがやけに動揺し始めた。セリナちゃんもセリナちゃんでマコトの話になるとこうなる。なんだかなぁ。


「あれ?そういえばデナさんは?」


 ふとデナさんの姿が見えないことに気づいた。ついさっきまでは一緒にいたはずなのにと周りをキョロキョロと見回していると、運転してくれていたミアちゃんの執事さんが別荘の方を手で示した。


「あの方ならもう中に入られました。『マコトとの部屋を決めにいくー』と仰りながら」


「へっ!!!?」


「なっ…!!!!?」


 執事さんの言葉に私とセリナちゃんが同時に驚く。確かに部屋割りとしては当然なのかもしれない。一緒に住んでるわけだし。でもでもでも同じ部屋は良くない。あんなナイスバディは外国の人とマコトを一緒になんてしたら……えっちな事が起こっちゃう!


「セリナちゃ……ってあれ!?」


 セリナちゃんに声をかけ、一緒にデナさんを説得しようと言おうと思ったのだが既に隣にセリナちゃんは居なくて、別荘の扉を開けて中に入っている最中だった。


「ちょっと待ってよー!!!」



「あらあら~」


「なにしてんだアイツらは」


 私がセリナちゃんを追いかけるとミアちゃんとマコトの反応が耳に入ってきたのだが、一旦無視してデナさんを止めるために別荘へと向かうのだった。

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