第25話 知らないことばかり

 初めて彼女と出会ったのは病室だった。彼女は生まれつき病弱で、同じ年頃の子と比べても細く、今にも折れそうだった。


 彼女の家は大富豪で、俺の母はそこに仕えるメイドだった。そんな縁があったお陰か俺は彼女に仕えることになった。今にして思えば年が近い相手を側に置いておこうという彼女への気遣いなのかもしれない。


 彼女はずっと笑顔だった。常に管に繋がれているというのに希望を捨てずに夢を見続けていた。漫画やアニメを好み、オススメを勧めて貰ったこともある。私にはよく分からないものばかりだったが、彼女の語り相手としてお側に居続けていた。



 だからこそ1年前のあの日は世界を恨んだ。けれど彼女は違った。「後1年もあるじゃないですか」とやりたいことをまとめ、何の変哲もない高校で暮らすことを決意した。それからというもの体調は回復していき、ご友人と遊ぶ機会も増えていった。


 その中には同い年の男子もいたが、どうにも気に入らない男だった。所謂不良寄りの男で、お嬢様にも臆することなく接していた。


 お嬢様はきっとあの男を選んだのだろう。


 羨ましい。


 あの日、病室でお嬢様に出会わなければ。


 その高貴で力強い笑顔に一目惚れなんてしなければ。


 執事になんてならなければ。


 俺は………………




 ―――――――




 体が焼けるように熱い。


 棘の塊みたいな何かが血と共に全身をかけ巡ってるような感覚。


 心臓を鎖で縛られてるような気持ち悪さ。


 でも、この痛みと熱でハッキリと分かる。


 生きている。


 私は今、生きてるんだ。


 あぁ…………!


「最高!!!」



 メッポさんが言うには魔法少女の力の源は想像力。それが強ければ強いほど限界を超えて自分自身も強くなれる。

 でも今までは心の何処かでストッパーをかけていた。こんな弱い体では何も出来ないのだと。

 でも違う。今の私は弱いままの私じゃない。この体は強い。私は強い。正義のヒロインが悪に勝てない訳なんて1つもない。どれだけピンチに陥ろうとも、最後は必ず魔法少女が勝つ。


 想像しろ……私が成りたい最強の姿を!



「ッ……ヒレフセェ!!!」


 変わり果てた姿の執事が私に牙を向け、その鋭い爪で引き裂こうと突進してくる。でももう怖くない。貴方をそんな姿にしたデザイアンに、そんな姿になるまで貴方を追い詰めていた私に憤りを感じる。


「大人しくしてて」


 向かってくる彼の周囲に正方形の箱をイメージする。箱は瞬時に形成され、閉じ込められた彼は突然出来た壁に勢いよくぶつかった。その後も幾度となく破ろうともがいていたが透明な箱には傷1つ付くことはなかった。


『あれ…なんで………』


 レイヴンの方を見ると、彼女……いや彼?まぁ今は彼女で良いか。彼女は何か戸惑っているようだった。生きているなら大丈夫だろう。怪我なら後で治してあげられる。


『オイオイ……今度は背まで伸びるのかよ』


「あら。お気に召しませんでしたか?」


『いいや。強い女は好みだ』


 デザイアンに指摘されて自分でも漸く気づいた。目線が高くなってる。それに腕や脚がいつもより太い。これも想像力の賜物なのだろう。コスチュームも絢爛豪華な金色のドレスになっている。でもフラワーみたいな黒のグローブが無いのは残念だ。カッコ良くて好きだったのに。


『さてじゃあ……第二ラウンドといこうか』


「すいません。その前に1つだけお願いしてもよろしいでしょうか」


『………なんだよ興醒めだな。悪いが引き下がる気はとっくに――』


「ありがとうございます」


 意外とこの幹部が律儀なのは分かっていた。だからこうして話題を作れば一瞬気が緩むことも。なのでその一瞬を付いて懐に潜り込み、分厚くて殴りがいのありそうなボディに右ストレートを叩き込んだ。


『ゴッ………!?!』


 確かな手応えと共に吹き飛んでいく幹部。ずっとこういう戦い方がしたかった。それに今の台詞も言いたかったし、今まで散々好き勝手してくれたことへのお礼も含まれていた。


「はぁぁ……スッキリしたぁ…」


 やりたいことリスト達成だ。確か次は……


『ふざけんなよ………毎回毎回よぉ!!』


 吹き飛ばされた幹部は激昂しながら突っ込んできて、私の顔面に向けてその巨大な拳を振り抜いた。


『………なっ…!!』


「あら。ご存じ無いですか?ダイヤモンドは砕けないのですよ?」


 拳が当たる前に全身をダイヤモンドであるとイメージした。その結果として殴られたはずなのに私にダメージはなく、逆に殴ってきた拳にヒビが入っていた。


「お返しです」


『ガッ………!!』


 今度は足を鞭のようにしならせ、幹部の顎を下から蹴り抜いた。レイヴンの見よう見まねだが威力は絶大だったようで幹部は仰向けで倒れてしまった。


「……しばらく寝ていてください」


 完全に意識を失ったことを確認すると私は改めてセバスに向き合うことにした。


「お待たせしました」


「ヒレフセェエ!!」


 箱を消し、セバスが待ってましたと言わんばかりに飛び出してくる。そんな彼を私は正面から抱き締めて逃がさないようにと抑え込んだ。


「ごめんなさい……今まで迷惑をかけて」


 セバスが真っ先に私を襲いにきたこと。それを考えればセバスがデザイアンになってしまったのはきっと私のせいだ。

 彼の不満に気づかなかったこと。そして私自身の気持ちに嘘をついていたこと。もしそうじゃないとしても、今ここで全部吐き出してしまおう。


「貴方にはもっとふさわしい相手がいると思っていました。だから私なんかを引きずって欲しく無かったんです」


「ヴッ……ガッ………」


「本当にありがとう……大好きです」


「…お嬢…さま…………」


 暴れていたセバスから力が抜けていき、やがて私にもたれかかって意識を失った。すると狼男の姿だったのが元に戻っていき、どこか嬉しそうな顔で眠りについていた。


「……主人に迷惑をかけておいて良い寝顔してますね~」



 ――――――



「さて、お怪我はありませんかレイヴン」


『え、えぇ……ないわ…』


「そうですか。ですが一応回復魔法はかけておきますね」


 あの時と同じような感覚に陥ったのに何も起こらなかった。そんな俺とは違ってアンバーの姿は変化しており、服装はドレスに。なんなら背丈だって伸びて胸まで成長している。



 というか……



 俺が戸惑ってる間に全部終わったんだけど!なんか俺が心配する暇もなく解決しちゃったんだけど!岩男もノックアウトして、執事さんも元の姿に戻ってるし!そもそもそういう仲だったのかよコイツら!何一つ知らない話をされてもついていけねぇんだけど!


『…………あー……また負けたなー…』


 俺がアンバーから回復魔法をかけられていると、ノックアウトしていたはずの岩男が体を起こし、ふてくされた声を発していた。


「まだ動けるのですか……」


『ムリムリ。流石に今は戦うつもりはねぇよ。また余計なことして作戦台無しにしたから説教が待ってんだよ』


 岩男はそういうと何故かこの状況でくつろぎ始めた。前から思っていたが話せば分かりあえそうな奴な気がしてくる。デナに言ったら『バカだろ君は』と言われそうだが……どうしてもそんな気がしてならない。


『……聖女の力はとんでもねぇな。それが3人…あぁ悪い4人か。気が遠くなる話だぜ』


「でしたら諦めてくれても良いのですよ」



 待て。なんだセイジョって。何の話してるんだ。アンバーもさも当たり前かのように聞き流してるけどまた俺だけ知らない話か!?あの嘘猫どんだけ隠してる話があるんだよ!


『ねぇ。セイジョって……?』


「……え?」


『………それも知らないのか』


 謎が謎を呼ぶ。デナに聞いても答えてくれないだろうし、いっそのことアイツから全部聞き出して……


『喋りすぎだってさバカオーガ』


 詳細を尋ねようとした瞬間、何もない空間に突然黒い丸が現れ、その中から耳の長い少年が出てきた。その少年は岩男の頭をひっぱたくと、指をパチンと鳴らした。


『じゃあね。また今度』







「っ!?」


「…………あら」


 その一言と共に意識が飛び、気がつけば異変が起こる前の風景に戻っていた。戦いで壊れたはずの壁や店も元通りだし、スタッフや客も普通通りに過ごしている。


「今の…………なんだったんだ……」


「…………さぁ帰りましょうか」


 あまりの薄気味悪さにまさか幻覚でも見ていたのかと思ったが、宝来のリアクションからして明らかに何かはあったはずだ。


「なぁ宝来……お前って…」


「………そんなわけないじゃないですか。女装癖の鴉谷くんと一緒にしないでください」


「じょっ……!?違うんだってば!そういうんじゃなくて……てかやっぱりそういうことだろ!?」


「知りませーん」


「お嬢様!!!」


 逃げようとする宝来に話を聞こうとしていると、どこからともなく執事がすっ飛んできて宝来に見事なスライディング土下座を披露した。


「この度はっ……!!!誠に申し訳ございませんでした……!!!」


 どうやら執事も覚えているらしい。しかしそんな執事の土下座すらも宝来は無視し、出口へと歩く足を止めなかった。


「……だから。2人とも何の話をしているのですか。私は何も知りません。帰りますから早く車を回してください」


「しかしっ………!!」


「良いから。私の貴重な時間を無駄にしたいのですか?」


「…………はいただいま!」


 執事は宝来の命令に従うと、颯爽と出口の方へと向かっていった。これがこの2人なりの主従関係というやつなのかもしれない。


 そういえば戦う前に何か大事な話をしていた気がする。でもその後に出てきた情報が多すぎて頭がこんがらがっている。そもそも宝来が魔法少女だったことも驚きだし……ん?


 スカイは美空で、アンバーが宝来。


 てことは?


「………なぁ宝来。もしかしてホノカって」


「知りませーん。知ってても教えませーん」


「はぁっ!?」


 その態度と今の状況から察しはつく。なら教えてくれても良いだろ。なんでどいつもこいつも俺に隠し事をするんだ。


「そんなに知りたいなら自分で聞いてみてはどうですか?女装癖の鴉谷くーん」


「いやだから女装癖ってわけじゃ……てか待て!それホノカに言うなよ!?絶対だぞ!?」


「セリアさんには良いんですね~」


「あっ……そっちもマズイ!頼む!自分の腹は自分で切るから!」


「ふんふふーん」


 あれだけの戦闘があったと言うのに宝来はどこか上機嫌で、俺は他人に隠し事をしたくなる理由を少しは理解したのだった。

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