第10話 新たな強敵

「……………………んん?」


「えっとねセリナちゃん。そこはこの公式だね」


 一学期も終わりに近づてきたある日の放課後。クーラーを効かせている俺の部屋で美空が教科書とプリント相手ににらめっこしていた。


「………………また公式…」


「気持ちは分かるけど仕方ないんだよ…」


 そんな美空の隣でホノカは一生懸命勉強を教えている。俺はその様子をベッドに寝転がりながら眺めているだけ。そんな退屈を極めている俺に宝来が声をかけてきた。


「鴉谷くんは分からないところとか無いんです~?」


「無い。あったとしてもお前に教わることも無い」


「そんなこと言わずに~」


「無駄だよミアちゃん。マコトってばカッコつけてるだけだから」


「………………うるっせぇ」


 ホノカに図星をつかれ、俺はふて寝することにした。ついさっきまで1人だったはずなのにどうしてこんなことになっているのか。全ての元凶はこのピンク髪の幼馴染みにあった。




 ピンポーン



 数十分ほど前。突然家のチャイムが鳴った。今日は休日で、両親は出掛けている。夏休み前のテスト期間真っ最中だが勉強もせずに漫画を読んでいた。


 めんどいからチャイムに居留守をしようかと思った矢先、近所迷惑なんてまるで考えてない女の声が外から聞こえてきた。


「マコトー!!!開けてー!!」


「…………はぁ」


 こうなったホノカを止める手段はない。そう諦めた俺は大人しく玄関へと向かい、ドアを開けた。


「んだよ」


「いやぁ…部屋のクーラー壊れちゃってぇ」


「……俺の家に来る理由にはならねぇだろ」


「それは………まぁいいじゃん!一緒に勉強しようよ!」


 ホノカは鞄を俺に押し付け、「お邪魔しまーす」と許してもないのに入ってきた。仕方ないから少しだけ付き合ってやるかと考えていると、ホノカの後ろから青い髪の女が入ってきた。


「……お邪魔します」


「…………お前を許した覚えはない」


「ハッ……私だって貴方の部屋になんて来たくなかったわ。ホノカとミアがどうしてもと言うから仕方なくよ」


 ズカズカと乗り込んでくる美空の後ろから更に続けて宝来も乗り込んできた。


「お邪魔します~」


「…………帰れ」


「嫌です~」


 誰一人として家主の意見なんて聞かず、あっという間に俺の部屋は女子に占拠されてしまった。



「ねえマコト~アイスないの~?」


「無い」


「ケチ~」


 勉強会も一段落したのか、ホノカ達は休憩タイムに入っていた。リビングでやれと言ったがまるで聞く耳を持っておらず、俺が居ない間に部屋を漁られても困るので監視役としてベッドに転がっているというわけだ。


「……鴉谷。期末は私と勝負しない?今回は自信があるの」


「赤点を取らない自信がか?」


「……貴方より良い点数を取る自信が、よ」


「勝手にしろ」


 美空はあれからというもの度々突っ掛かってくる。本当にめんどくさい。

 そんな美空に冷たく対応すると、今度は宝来が俺の脇腹をつつきながら話しかけてきた。



「そうだ鴉谷くん。私が勝ったらデートしませんか?」


「しない」


「負けるのが怖いから?」


「…………いや?」


「テストとはいえ女の子に負けたら恥ずかしいですもんね~勝てない勝負はしないタイプなんですね~」


「…………………上等だ」


 挑発だというのは百も承知だ。だがここまで言われて黙っていては俺の信念に反する。俺は寝ていた体を起こし、宝来のデコに人差し指を突き立てた。


「覚悟してろお嬢様……世の中そんなに甘くないこと教えてやるよ」


「うふふ。お願いします~」


 宝来にまんまと乗せられた俺に対し、ホノカは頬を膨らませて肩を殴ってきた。


「ねえちょっとイチャつかないでよ」


「イチャついてねぇよ」


「むっ…だったら私とも勝負しろ!私に負けたらお店手伝ってもらうからね!」


「上等だかかってこい!本気出せばテメエらなんて余裕なんだよ!」


 そうして俺に全く得がない勝負を受けていると、部屋中に女子共のスマホの通知音が同時に鳴り響いた。


「っ!!?」


「ちょっ……ちょっとホノカ!」


「……鴉谷くんお水取ってきて貰えますか?私疲れちゃって~」


「…………氷は?」


「お願いします~」


 何かしらで俺が邪魔なのだろうというのは察せた。というわけで素直に部屋を出て台所に降りてコップに水を汲むことにしたのだった。

 それにしてもあのホノカの慌てっぷり。通知が来ただけであんなに慌てるものか?美空もテンパってたし………というか勉強中なんだからマナーモードにしてろよ。


 なるべく時間をかけ、俺が部屋に戻ろうとするとホノカ達がドタバタと音をたてながら二階から降りてきた。


「ごめんマコト!店の手伝いしなくちゃ!」


「私は……えっと………塾が!」


「私はお父様に呼ばれて~」


「お、おう……」


 最後に降りてきた宝来は俺から水を受けとると、ゆっくりと飲み干し「ありがとうございました~」とホノカ達に急かされながらも丁寧に一礼してから家を出ていった。


「………なんだったんだよ」


 1人取り残された俺は宝来が口をつけたコップに目をやった。やましい気持ちなんてない。洗わなければなぁと考えていただけだ。決して間接キスがどうとかそんなガキみたいな発想をしたわけじゃ



『デザイアンだよ』


「うぉっ!?どっから出てきてんだお前…」


 毎度毎度の事ながらタイミングがわる……バッチリな登場をしてくるデナ。今日はリビングの机の下から現れ、いつものようにデザイアンが出現したことを知らせてきた。


『さあ行こう』


「…………そうだな」


 いつにも増してやけに乗り気なデナ。だがそんな野暮なことは聞かず、急いで現場に向かうのだった。





「ヒレフセー!」


『……なんだ弱い奴か』


 現場に来てみたものの、今日の相手は雑魚タイプのデザイアンだった。電子レンジに腕と足が生えている変な奴。魔法少女達も応戦しているが苦戦する様子もない。これなら今日も見ているだけで済みそうだ。


 そう思った矢先……



『ほぅ?貴様は偉そうに観戦か!』


『っ!?』


 背後から何者かに声をかけられたかと思えば、背中に衝撃が加わり、俺は地面へと叩きつけられた。


「ぇ!?何!?」


「あれは……レイヴン!?」


 デザイアンと戦っていた魔法少女達がこちらを見て心配してきている。認識阻害ってやつは機能していたはずだ。それなのに俺の背後に回り、攻撃までしてきた。それにこの痛み……前に本のデザイアンの鉛筆ミサイルを喰らったときよりもダメージが大きい。


『ガッハッハ!なんだその程度か!』


 俺の背後にいた何者かは大声で笑いながら地面へと降りてきた。その声はどこか魔法少女達が戦っているデザイアンに似ている気もする。


『お前は何だ………っ!』


 なんとか体を起こし、距離をとって問う。明らかに普通のデザイアンじゃない。全身が岩のような装甲で覆われ人の形をしている。鬼のような二本の角が生えており、2mは越えるだろう巨漢。そして何より全てが太い。フィジカルこそが全てと言わんばかりのゴリゴリのマッチョ野郎だ。


『オレ様か?良いだろう教えてやる!』


 地面に降り立ったソイツは両腕を勢い良く広げ、ご丁寧に高らかに名を名乗った。


『オレ様の名前はヴィ!ゴングラトラ・ヴィ・グラ―――』


『説明ありがとうっ!』


 わざわざ名乗ってくれている隙をついて俺は一瞬で距離を詰め、全力のパンチをみぞおちにいれた。


 はずだった……



『……グラトールだ。せっかちは嫌いじゃないぜお嬢ちゃん』


『そりゃどう…も!』


 効いていない。そう確信した俺は続けざまに顎を蹴りあげた。さっきのパンチもだが手応えはある。確かに攻撃は通っているはずなんだ。だというのにこの野郎は一切怯まず、お返しにと言わんばかりに豪腕を俺に向けて振り下ろした。


『っ!!!』


『流石!速さだけならオレ達とやりあえるかもな!』


 振り下ろされた腕をなんとか回避し再び距離をとる。岩男は余裕そうに笑い、もう一度両腕を大きく広げ、大地を揺るがすほどの声で叫んだ。



『さぁ!このオレ様に平伏せ!くだらん魔法少女共!』


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