第16話 闇からの使者
とある世界のとある空間。薄暗く、闇で覆われ、歪んだその場所に男の怒号が響きわたった。
『おいエクス!!居んだろ!!出てこい!』
そんな男の野太い叫びに対し、嘲笑うかのような子供の笑い声が聞こえてくる。
『あれだけ啖呵切っといて逆ギレ?ダッセェ!これだからオーガ族はバカなんだよ!』
『あぁ!?んだとブルヴェ!!オレはまだやれた!!!それをエクスの野郎が止めやがって…そもそも作戦からしてアイツの発案だ!!失敗したのはアイツのせいだろ!!』
『やめないかヴィ。みっともないよ。それにブルヴェも』
ふたりの言い争いを仲裁するように1人の女が現れた。ふたりとは違い落ち着いていて、貫禄を感じさせるような声色。
『…………イグリエガ。エクスはどこだ』
『さぁ。戻ってきてはないね』
『ケッ…………あのクソアマが…』
男は悪態をつき、その空間から出ていこう踵を返した。
『どこに行くんだいヴィ』
『あぁ?関係ねぇだろ気分転換だよ』
女の問いに男はぶっきらぼうに返事をし、深い闇に紛れて姿を消すのだった。
「…………こんな世界の何がいいんだか」
男は人間の姿に化け、人間の世界へと降り立っていた。脆弱な生き物に溢れ、群れをなしている。日差しが明るく環境の音も騒がしい。その男にとっては未知の世界でしかなかった。
そんな中、男は先日魔法少女達と戦った広場へと訪れていた。あれだけ壊したというのに復旧は済んでおり、人間の子供達がはしゃぎ回っていた。
「呑気なもんだぜ」
男が元の姿に戻り、本気で腕を一振りすれば絶命するだろう。だというのに笑って過ごしている彼らに男は呆れていた。この世界はそれだけ争いのない世界なのだろう。自分達の世界とは程遠い世界なのだと。
そんな男の鼻に嗅いだことのない香ばしい匂いが入ってきた。周囲を見渡し、匂いが強い方へと歩いていくととある屋台を見つけた。「たい焼き」と書かれているが男に読めるわけは無く、ただ匂いにつられて店主の前に立った。
「いらっしゃい!おっきいねぇ外国の方?美味しいですよ!」
「…………1つ寄越せ」
「はいよ!300円ね!」
「300えん…………あー…悪いが持ち合わせがなくてな」
その単語が通貨であることはなんとなく理解した。が、この世界の通貨なんて持ってるわけはない。
「あ、そうなの?困ったなぁ……」
「………じゃあいらねぇよ。邪魔したな」
男は潔く諦めてその場を去ろうとした。するとどこからともなく1人の少女が現れ、店主に紙を差し出した。少女は男よりも一回りも二回りも小さく細い。今の男のパンチでも死んでしまいそうなくらいに。
「たい焼きを2つください」
「はいよ!」
その紙があれば2つも買えるのかと男が思いつつも帰ろうとすると、少女が男に声をかけた。
「1つは貴方の分ですよ。私の奢りです」
「………そうか」
人間に施しを受けるような事はしたくなかったが、腹が減って興味もあったことから男は素直に少女の施しを受けることにした。
「ん~……美味しい~…………」
「……………ありがとよ」
男と少女はふたりで近くの椅子に座り、たい焼きを頬張っていた。男の空腹は暖かいたい焼きで満たされていき、少し前までの憤りはすっかり収まっていた。
「いえいえ。困った時はお互い様です。それより日本語上手なんですね」
「…………まぁな」
なんと答えたらいいものか悩みつつ男は適当に相づちをうった。これ以上この場にいてはボロが出るのも時間の問題だと感じ、たい焼きを食べ終わるとすぐに立ち上がった。
「うまかった」
「なら良かったです~」
男は頭を下げ少女に感謝を述べていると、黒服の男がこちらへと勢いよく走ってきた。
「お嬢様!本当に…探しましたよ………」
「今日は遅かったですね~」
「まさか鴉谷マコトを囮に使うとは……」
「いぇい」
何やらよく分からない話をしている少女と黒服。するとすぐに黒服の男は少女を近くに停めてあった車へと誘導していった。
「へぇ…………」
その様子を見届け、男は次の作戦について思考を巡らせていた。それほどまでにあの黒服からはただならぬ欲望の渦を感じ取っていたのだ。
「エクスの言う通りだな。人間ってのは面白い生き物だ」
男は食べ終わったたい焼きの袋を丸めてゴミ箱に放り投げ、降り立った時よりも数段軽い足取りで暗い闇の世界へと戻るのだった。
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