第28話 ふたりっきりの大事な話

「私はただ!鴉谷がどうしてもって頭を下げるなら着いていってあげてもいいってだけで!」


「うるさい離れろ……」



 とっても大きなミアちゃんの別荘に着き、各々が荷物を整理してからリビングに集まることになった。私がリビングに向かった時には既にセリナちゃんとマコトが居て、いつもみたいに言い合いをしてた。マコトがどこまで気づいているかなんて分からないが、セリナちゃんは多分マコトの事が好きだ。


 別にマコトとはそういう関係じゃないし、私からの一方的な気持ちだってのは理解してる。昔からマコトは大人びた人が好きだって豪語してたし、ベッドの下に隠してある本もセクシーな女性だ。


 だから今のこの気持ちはただの嫉妬。マコトに私以外に仲良くなった人が居て、それがたまたま女子で、たまたま一緒に戦う仲間で、たまたま友達だっただけ。関係性が変わることが怖くて何も出来ない私なんかよりセリナちゃんの方がすごい。



 でもやっぱり、ズルいな。



『そうだ。その通りだ』



 突然、頭の中に声が響いた気がした。女の人のような、男の人のような。子供のような、年配の方のような。不思議な声が聞こえてきたと同時に私はナニカに背中を押され、気がついたらマコトとセリナちゃんの話に割り込んでた。



「…………なんかおかしいぞお前」



 私は普通に話していたつもりだったのにマコトから「おかしい」って言われてしまった。深く問いただそうにもすぐにデナさんがやってきて話が中断されてしまった。


 よくよく考えればデナさんはまさしくマコトの好きそうな女の人だ。ベッドの下にあった本の人にそっくり。大人びてて、おっぱいが大きくて、セクシーな感じの。


 デナさんはどうなんだろう。マコトのこと家族だとは言ってるけど好きなのかな。外国の人だからただのスキンシップなのかな。でも嫌いな相手にはしないよね。



 ……なんだか胸が痛い。大きな手に心臓を握られてるみたい。


『―――カ!――――かり――ポ!』


 さっきから遠くから声が聞こえる気がする。でもなんて言ってるのか聞き取れない。必死な声色で、私を呼び戻そうとしてるような声。


『もっと欲望に忠実になっていいんだ』


 その声よりもハッキリと、誘うような声に私は導かれてしまう。マコトに抱きついてるデナさんと目が合ったかと思ったらもっと胸が痛くなって、だんだんと吸い込まれるように……



「ホノカさん。私達も泳ぎましょ~」


「………………ほぇ?」


 意識がフワフワして体が勝手に動こうとしてた瞬間、ミアちゃんに肩をポンと叩かれて声をかけられた。そしたら胸の痛さとかもなくなって、急にモヤモヤがスッキリした。


「ホノカー!はやくー!」


「ほらほら~セリナさんも呼んでますし~」


 ちょっと前までマコトと言い合いをしてたはずのセリナちゃんはいつの間にか海に入っており、大きな声で私を呼んでいた。状況を飲み込めてない私がどうしようかとあたふたしていると、座り込んでいたマコトが声をかけてきた。


「ほら行けよ。楽しんでこい」


「…………うんっ」


 少し言葉を交わしただけなのになんだかとっても嬉しくて、私は急いでセリナちゃんの元へと向かった。


 それから私達は貸し切りの海水浴を思う存分遊び倒した。デザイアンが現れることもなくてただただ楽しい時間を過ごした。泳いで、ビーチバレーして、スイカ割りなんかもして、こんな幸せな時間があっても良いのかと思うくらいに遊び倒した。


 セリナちゃんは勿論、マコトも案外楽しそうにしてて、私達に振り回されて文句を言いながらも大抵の事には付き合ってくれた。


 ミアちゃんはあんまり動き回らずに賑やかに笑っていた。でもそんなミアちゃんはたまに怖い視線を向けていることがあった。その相手はマコト……ではなくデナさん。一体どうしたんだろう。誘ったのは他でもないミアちゃんだし、仲が悪い訳ではないと思うんだけど…




「どうしたんだよ。そんな難しい顔して」


「へ?あ、ありがと」


 ちょっとした休憩中にミアちゃんとデナさんの事を考えてたらマコトがスポドリを持ってきてくれた。まさにバカンスといった感じのパラソルの下に白くて大きな椅子。ちょっとしたお金持ち気分を味わいながらマコトに感謝し、考えてた事を誤魔化す為に他の話題を作ることにした。


「星がさ、綺麗なんだってね!」


「お前もかよ……」


「え、私も?」


「いやなんでもない……続けろ」


 マコトは何故か頭を一瞬抱え、呆れたように続きを促してきた。私はなんだかその態度にムッとしたが、とりあえず話すことにした。


「ミアちゃんが言ってたんだよ!すっごい綺麗でさ!夏の大三角とかハッキリと見えちゃうんだって!」


「……そうか」


「ムッ。なんだなんだ『そうか』って!もっと興味持ってよ!そんなんだからモテないんだよ!」


「うるせ。関係ないだろ」


 マコトはいつも通りの文句を言ってはいるものの、視線は未だに泳いでいるセリナちゃんに向けられてた。この話の流れでセリナちゃんを見るってことはまさか気づいてる?あそこまで攻めてたら気づくのも当然っちゃ当然かもしれないけど……ちょっと探ってみるか。


「もしかして…セリナちゃんの事が好きとか?」


「……っ…んなわけねぇだろ」


「あ、照れてる~!」


「照れてねぇよ!」


 私の誘導にマコトは明らかに動揺して、すぐさまセリナちゃんから視線を逸らした。その様子を見てなんだか胸が締め付けられるようにキュッてなったけど、私は自分の気持ちを隠すように茶化し続けることにした。


「ほれほれ~。好きなんだろ~。私が手伝ってやろうか~?」


「だからそんなんじゃねぇって……」


「またまた~。幼馴染みだろ~?」


 私に茶化されているマコトは心底めんどくさそうな顔をしながらも、私の側を離れなかった。するとマコトはどこか真剣な表情になったかと思えば、とんでもないことを聞いてきた。


「……なぁホノカ。今日さ、ふたりっきりで話せないか?」


「……………へ???ふたりっ……きり?」


「おぅ。その……大事な話だ」


 あまりに突然の提案に思考がフリーズしてしまう。「ふたりっきり」で、「大事な話」だ。マコトがそんな言葉の意味を理解してない訳がない。つまり。つまりつまりつまり!


「わっ……分かった………えと…うん」


「……じゃあまた夜な」


 ふたりっきりで大事な話をする約束を交わし、私は浮かれまくってる気持ちを抑えるようにその後の海水浴は全然集中出来なかったのだった。



 ―――――――



「……来てくれましたね~。ありがとうございます~」


 皆をプライベートビーチに誘い、一夏の青春を楽しんだ夜。バーベキューも終わり、他の皆が別荘に戻る中、私は海岸でとある人物を待っていた。


「どうしたんですかー。こんな時間にー」


 いつも以上の棒読み。私にこうして誘われた時点である程度は察しがついているのだろう。やはりただ者ではない。だからこそ確認しておかなければならない。この人が私達にとって敵か味方かと言うことを。


「デナさん。貴女は一体何者なんですか?」


「…………なんのことですかー?」


「いいですよ今更。私と貴女のふたりっきりです。こう見えて口は固いので安心してください」


「…………ふふっ」


 とぼけていた様子だったデナさんは私の言葉に微笑み、全てを見透かしているかのような眼差しでこちらを見つめて感情のこもってない言葉を続けた。


「ホームステイだから日本語難しいですー。日本語で『ふたりっきり』って3人って意味なんですねー」


「3人?ここには貴女と私の2人しか」


『グッ…………』


「っ!!?」


 耳につけていたイヤホンからセバスの呻き声が聞こえてきた。しかしそれ以降声は聞こえない。最悪の状況が頭を過る中、デナさんは嘲笑うかのような口振りで話し始めた。


『これで本当にふたりっきりだな。まったく。人間とは悪いことを考えるものだ』


 先程よりも流暢で、直接脳内に語りかけられるかのような感覚。メッポさんと話してる時と同じだが、どこか違う不気味な感覚。


『さて。私としては貴様にはもう興味がないのだが……聞きたいことがあるなら答えてやってもいい。覚えてられるかは貴様次第だがな』


「…………生憎と、私は貴女に興味津々なんですよね~」


 私は感じたことのない恐怖と焦りに呑まれないように踏ん張りながら精一杯強がってみせるのだった。

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