第16話 王太子シジェンシア
ぼんやり歩いていると、今日ユキミさんにお姫様抱っこをされたときの記憶が、水泡のように頭の中にぽこぽこと浮かんできて。
わたしは思わず、手で顔を覆う。
「うっ、うああああ、うぬうううううう…………」
変な声を漏らしながら、わたしはゆっくり歩き続ける。
そうしていると、町の噴水広場に差し掛かった。
実はここは――もふもふのねこさんと、出会いやすいゾーンなのだ!
気分を切り替える意味も込めて、わたしは視線を彷徨わせながらねこさんを探す。
そうしていると、すぐに発見できた。
茶色と白が混ざり合った毛並みが可愛らしい、キャラメルラテさんだ!
「やったあ! キャラメルラテさー……んん?」
発見したことに意識を持って行かれていて一瞬気付かなかったが、キャラメルラテさんのすぐ近くに、フードを被った人がいる。
どうやら、キャラメルラテさんを観察中のようだ。もしかしたら、わたしと同じ猫好きの方なのかもしれない。
わたしもキャラメルラテさんを近くで見たいけれど、いきなり側に行ってあの人を驚かせてしまうのもよくないし、少し声を掛けてからにしよう……そう思って、わたしは近付いていく。
「こんにちは! よければねこさんの観察、ご一緒してもいいですか……?」
そう話し掛けると、その人はそっと振り向いた。
フードの隙間から少し零れた、太陽を想わせる黄金色の髪。
知的な印象を受ける、美しい翠色の瞳。
形のいい眉毛と高い鼻が印象的な、整った顔立ち……
わたしは驚きの余り、目を見開いた。
「シ…………シジェンシア、さん!?」
――――『菓子屋ユキルルーアの恋物語』におけるヒーローの一人。
王太子シジェンシアさんが、そこにいた。
彼は数度瞬きしてから、柔らかく微笑う。
「……そうだけれど。僕のこと、知っているんだ?」
美しい声で、シジェンシアさんはそう言った。
*・*・
わたしとシジェンシアさんは、並んでベンチに腰掛けていた。
少し遠くで、キャラメルラテさんが気持ちよさそうに眠っている。
「……にしても、驚いたな。テラントディール侯爵家にご令嬢がいるのは知っていたけれど、それがサクレーミュちゃんだったなんて」
「はっ、はい、そうなんです……わたし、踊るのが昔からすっごく下手なので、舞踏会とかに出席したことがなくて。なので、知らなくて当然だと思います……!」
「ふうん。でも、僕の姿は知ってくれていたんだ?」
「えっと、ええっと……勘で、わかりました!」
「勘? ふふっ、だとしたらすごい勘の持ち主だね、君は」
楽しげに笑うシジェンシアさんの横で、わたしはゲームの記憶を辿っていた。
すっかり忘れていたけれど、花雹祭の三日前に、ユキミさんはシジェンシアさんとフラグを立てておくことができるのだ。
実はこの町は、シジェンシアさんのおばあちゃんの故郷で。
その縁があって、彼はお忍びで時折この町に来ており、花雹祭にも訪れる……という設定だったはずだ。
考え事をしているわたしの横で、シジェンシアさんが微笑む。
「話していて思ったけれどさ……サクレーミュちゃんって、すごく面白い子だよね」
「えっ、ええ……!? そ、そうですか!?」
「うん。しっかりしているんだけれど、それでいてどこか抜けている感じがする。ふふ、もしかして天然さん?」
「てっ、天然じゃないですよ! わたしよりももっとど天然な人、いますから……!」
「へえ、ど天然さん? それは気になるな……僕、面白い子に目がないんだ」
その言葉に、わたしははっとなる。
わたしは、ユキミさんとヒーローたちの恋を、応援しようと決めていた。
だから……今日、原作のように、ユキミさんとシジェンシアさんを会わせておけば。
フラグが立って、恋愛が上手く進むのかもしれない……。
わたしは辛い気持ちを抑えながら、シジェンシアさんへと笑いかける。
「…………そうしたら。よければそのど天然さんを、ご紹介しましょうか?」
「え、いいの? 折角のご提案だし、お願いしようかな」
「ありがとうございます」
「ふふ、楽しみだな。まあ、もしかしたら……その子はサクレーミュちゃんから見てど天然なだけで、本当は君の方がど天然かもしれないよ?」
「いや……わたしは、間違いなく負けます!」
きっぱりと言い切ったわたしに、シジェンシアさんは数度瞬きして。
それから、堪え切れなくなったかのように笑って、「やっぱりサクレーミュちゃん、面白いね?」と口にした。
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