第18話 花雹祭①

 過ぎてほしくないと思った日々は、呆気なく流れていき。

 ――――ついに、花雹祭かひょうさいの日が訪れる。


 *・*・


 町は、沢山の人で溢れていた。

 メインストリートには出店が並んでいる。雰囲気自体は洋風だが、スーパーボールすくいや射的、金魚すくいに似たお店があって、日本発の乙女ゲームの世界という感じがした。

 そして、町ゆく人が着ている衣服も、浴衣を洋風にアレンジしたようなおしゃれなものだ。この世界だと、「ユカティルム」という名前が付いている。

 ちなみに現在、わたしも桜色のユカティルムを着ていたりする。ヌールゼンさんが一緒に選んでくれた、びっくりするほど高いお値段のものだ。よ、汚せない……!


 わたしはルルさんと二人で、菓子屋ユキルルーアの出店スペースを切り盛りしていた。

 わたしが注文を受けてお会計をしている間に、ルルさんが商品を準備してくれる、という分業体制だ。


「いちごの飴、二つお願いします!」

「はい、ありがとうございます! 80フェンになります」

「お嬢ちゃん、りんごの飴一つくれるかい?」

「ありがとうございます! 30フェンになります!」

「キャンディの詰め合わせと、いちごの飴ください」

「はーい、ありがとうございます! 60フェンになります!」


 いっぱいお客さんが来てくれて、目が回ってしまいそうだ。

 そうやって、わたしがせっせと働いていると。


「……キャンディの詰め合わせを一つお願いできますか、お嬢様?」


 聞き慣れた声に、わたしの心は安堵で解けていった。


「ヌールゼンさん! 来てくれたんだ、嬉しい……!」

「ふふ、お嬢様が頑張っているところを、一目見たかったのです。こちらのキャンディの詰め合わせは、帰ってきたお嬢様にプレゼントさせていただきますね」

「えええっ、いいの……!? ありがとう〜、ヌールゼンさん! あ、20フェンになります!」

「はい、どうぞ」


 ヌールゼンさんはそう言って、わたしの手のひらに2枚の10フェン硬貨を置いてくれる。

 彼の手には、出会ったときよりも多くの皺が刻まれていて。

 もう十年も一緒にいるんだな、としみじみ思った。


 キャンディの詰め合わせを持って微笑んでいるヌールゼンさんを、手を振って見送る。


 お客さんの波の切れ目のようで、彼の後に並んでいる人はいなさそうだった。

 ふうと息をついたわたしに、ルルさんが笑いかけてくれる。


「サクレーミュさん、お疲れ様です!」

「いえいえ、そんな、ルルさんこそお疲れ様です……!」

「ふふっ、ありがとうございます! そろそろ十八時になる頃だから、上がって大丈夫ですよ!」

「わあ、助かります、ありがとうございます……!」


 わたしはルルさんに頭を下げる。


 ――――待ち合わせ場所へ向かおう、と思った。


 *・*・


 約束通り、メインストリートの端の方に彼はいた。

 紺色のユカティルムに身を包んだ彼は、鎖骨の辺りが見えていて、どきりとしてしまう。

 わたしは、彼へと駆け寄った。


「……お待たせ、ユキミさん!」


 ユキミさんはわたしへ、ふわりと笑いかけてくれる。


「待っていました、サク。……服、すごく似合っていて、可愛らしいです。こんなに可愛らしいサクの隣を歩けるなんて、夢でも見ているかのようです」

「ふふっ、夢じゃないよ、現実だよ〜」

「そうだといいんですけれど……自分のほっぺたをもぎ取れば、確信できるでしょうか?」

「も、もぎ取らないで! つねるだけにして〜!」


 わたしの言葉に、ユキミさんはくすりと笑った。


「それでは、行きましょうか。サク」

「うん……」


 わたしたちは、並んで歩き出す。


 …………ずっとこうして、彼の隣を歩けたらいいのに。

 恐らくそれは、叶わない望みなのだろうけれど。


 わたしはユキミさんに気付かれないように、自分の手のひらにぎゅっと爪を食い込ませた。

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