第19話 花雹祭②

「ユキミさんは何か、食べたいものとかある?」


 隣を歩く彼に、わたしはそうやって尋ねる。

 ユキミさんは顎の辺りに手を添えた。どうやら、考えてくれているみたいだ。


「そうですね……サクとシェアできるものがいいです」

「ふむふむ、なるほど」

「サクと一緒のご飯を食べる……考えるだけで、胸のときめきが止まりません。そもそも一緒のご飯を食べるって、殆ど結婚と変わらないんじゃないでしょうか?」

「だいぶ、変わるんじゃないかな!? そうしたら、たこ焼……じゃなかった、オクトハシュ焼きなんてどうかな?」

「いいですね。オクトハシュ焼きを食べるサクを想像しただけで、足が勝手に踊り出してしまいそうです」

「ユキミさん、胸も足も元気だねえ」


 そんな会話を交わしながら、わたしたちはオクトハシュ焼きの列に並ぶ。

 回転率がいいようで、すぐに六個入りのオクトハシュ焼きを購入することができた。

 わたしたちは邪魔にならないように少し道を逸れて、オクトハシュ焼きの入ったパックを開ける。

 美味しそうな香りが漂ってきて、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。


「サク、先に食べますか?」

「え……いいの!? それじゃあ遠慮なく!」


 わたしは二本ある爪楊枝のうち一本を手に取り、オクトハシュ焼きにぷすりと刺す。

 それから、ゆっくりと口に運んだ。


「あっ、あふふ、あふい!」

「だ、大丈夫ですかサク! よく冷ましてから食べないと……!」

「わ、わふれへた……」


 わたしはどうにか、オクトハシュ焼きを飲み込む。

 それから、ユキミさんに笑いかけた。


「熱かったけれど、美味しい!」

「本当ですか……それはよかったです。でも、気を付けてくださいね。大切なサクが口の中を火傷してしまったら、とても悲しいです」

「あはは、ありがとう、ユキミさん。そういう優しいところ、好きだなあ」

「す、好き…………!?」


 ユキミさんの反応で、わたしははっとなる。

 しまった。つい、好きとか言ってしまった……!

 焦るわたしに、ユキミさんはずいと身を乗り出した。


「サク。高望みはしませんから……あと千回ほど、俺に好きと言ってくれませんか……?」

「前より十倍も、高望みしてるよ〜!」


 驚いているわたしを見て、ユキミさんはくすりと笑う。

 それから彼も、もう一つの爪楊枝でオクトハシュ焼きを刺し、ふうふうと冷ましてから口を付けた。


「あ、確かに熱いです……でも、美味しいですね。とろっとしていて、柔らかいです」

「そうだよね! ……あ、ユキミさん、口元にソース付いてる」

「え、本当ですか……恥ずかしいです」

「わたし、ハンカチ持ってるんだ! 拭いてあげるよ」

「え」


 固まったユキミさんの口元のソースを、わたしは持っていたハンカチを取り出して拭いた。


「うん、取れた! ……って、ユキミさん、どうしたの?」


 ユキミさんがオクトハシュのように赤くなってしまっている。

 彼はわたしから目を背けて、口を開いた。


「…………サクは時折、無自覚にそういうことをしますよね。ずるいです」


 その言葉に、わたしは今しがたの自分の行動を振り返る。

 …………確かに、ちょっと、恥ずかしいことをしてしまったかもしれない!


 あわあわとしているわたしへ、ユキミさんが微笑んだ。


「まあ、別にいいですけれど……その代わり、今度サクが口元に生クリームを付けていたときは、覚悟しておいてくださいね?」

「えっ、ええ!? な、何が待ち受けているの……!?」

「さあ、何でしょう。教えません」

「な、何で〜! 教えてよ、ユキミさん!」

「しょうがないですね……ヒントは、『夕焼け』です」

「ゆ、夕焼け!? 夕焼けといえば、みかんアイスの色……みかんアイスで、口元を拭かれる!?」


 戦々恐々としているわたしに、ユキミさんは「さあ、どうでしょうね」と笑いながら、二つ目のオクトハシュ焼きを口に運んだ。


 *・*・


「オクトハシュ焼き、美味しかったねえ」

「そうですね……そうしたらこのパック、俺が捨ててきますね。ここで少し待っていてくれますか」

「え、いいの? 助かる、ありがとう……!」

「いえいえ。お返しは婚約で大丈夫ですよ?」

「すごいお返しを、求めてくる!」


 ユキミさんはくすりと笑ってから、わたしに背中を向けて歩き出した。

 残されたわたしは、ぼんやりと空を見上げる。

 日本とは違って、星がきれいな夜空だ。


 ……やっぱり、ユキミさんと一緒にいると、楽しい。


 でも……わかっている。

 わたしが花雹祭かひょうさいを彼と過ごすことは、きっとこの世界から望まれていない。



「…………今日はもう、充分、幸せだった」



 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


 ――――ここからは、この世界に望まれていることをしよう。


 わたしは、花雹祭を訪れているであろうを探すために、一人で歩き出した。

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