第17話 彼からの嫉妬
菓子屋ユキルルーアの裏口の前で、わたしは呼び鈴を鳴らす。
シジェンシアさんはわたしの隣で、興味深そうに建物を見ていた。
「ここに、例のど天然さんとやらがいるんだ? ふふ、楽しみだね」
「はい……きっと、気に入ると思います」
ちくちくとした胸の痛みを感じながら、わたしはユキミさんを待つ。
少しして、扉が勢いよく開かれた。
「サク、気配でわかりました! 何かあったんですか、会いに来てくれるなんて嬉しいで…………」
表情が乏しいながら嬉しそうだったユキミさんが、わたしの隣のシジェンシアさんを見た途端、固まる。
そうして……全身から、隠し切れない負のオーラをどろどろ発し始めた。
「…………サク。誰ですか、この男は」
「えっと、この人は……」
説明しようとしたわたしは、「大丈夫、大丈夫。僕から話すよ」とシジェンシアさんに告げられて、口をつぐむ。
「初めまして、シジェンシア=レリア=ユディルードです。よろしくね?」
ユキミさんが目を見張る。
姿は知らなかったようだけれど、名前で誰だかわかったみたいだ。
それから彼は、シジェンシアさんをきっと睨み付ける。
「…………俺は貴方と、よろしくする気はありません」
ユキミさんの言葉に、わたしはびっくりしてしまう。
フ、フラグとか以前に、王族の人にその態度はまずいのではないだろうか……!?
あわあわとするわたしの横で、シジェンシアさんが笑う。
「そんなこと言わないでよー。どうしてそんなに、敵意剥き出しなの?」
「取り敢えずサクとの距離が近すぎます、一キロメートルほど離れてください」
「そ、そんなに!? ……あ、もしかして、サクレーミュちゃんが僕を連れて来たことが、気に入らない?」
「サ、サクレーミュ、ちゃん…………!?」
ユキミさんがわなわなと震え出す。
何だか……空気が、やばいことになってきた気がする!
「うん、サクレーミュちゃん。え、そうやって呼ぶだけでだめなの?」
「だめに決まっています! だめすぎます! だめだめです!」
「ええー……あ、もしかして君、サクレーミュちゃんの恋人だったり?」
「…………ッ! ……そ、そういう訳では、ないですけれど!」
「ふうん。じゃあ僕が、サクレーミュちゃんのことを何て呼ぼうが勝手だよね?」
シジェンシアさんはそう言って、わたしの肩にぽんと手を置いた。
それを見たユキミさんは――――なんと、叫んだ!
「帰れえええええええええッッッッッッッ!」
叫び終えたと思ったら、ユキミさんはばっとわたしの身体を引き寄せて、家の中へと駆け込み、がちゃりと二個の鍵を閉め、ドアチェーンも付ける。
余りの早業に、わたしは驚愕するしかなかった。
ユキミさんは、わたしへと向き直る。
彼の瞳は、どこか暗さを孕んでいた。
「…………どういうことですか、サク。仲の良い異性の友人は、俺以外にはいないと言っていたじゃないですか。あれは、嘘だったんですか……?」
「いっ、いやいや、違うよ! 嘘なんてついていないよ! シジェンシアさんは、さっき偶然町中で出会った人で…………」
「サク、あいつの名前を呼ばないでください。サクの口から他の男の名前なんて、聞きたくないんです……」
「あああ、ええと、ごめんね! そうしたら、『金髪王太子さん』とは、別に友人でも何でもなくて!」
「そう、だったんですか。……でも、あいつ、サクに随分と馴れ馴れしかったです。許せません、しかもサクの肩に軽々しく触れるなんて……俺はずっと我慢しているのに、どうしてあいつが易々と……」
ユ、ユキミさんから出てくる負のオーラが、すごいことになっている。
……というか、それよりも。
「ユキミさんは……わたしに触れたいのを、我慢しているの?」
「そっ、それはそうでしょう! だって、恋人にすらなれていないのにサクに気軽に触れたりしたら、サクを傷付けてしまうかもしれないじゃないですか……その、今日発生したサク落下事件や先程のサク取り戻しに関しては、緊急事態だったので大目に見てほしいんですけれど……」
目を逸らしながら言う、ユキミさんの左手を。
気付けばわたしは、自身の両手で包み込んでしまっていた。
「え…………サ、サク、どうしたんですか!?」
「……ほら。これでユキミさんも、わたしに触れることができた。ね、どうかな……?」
ユキミさんが顔を真っ赤にして、黙り込んでしまう。
わたしも多分、恥ずかしそうな表情をしているだろう。
……いけない行動だとは、わかっていた。
こんなことをしていたら、いつか悪役令嬢であるわたしは破滅してしまうかもしれない。
それでも、今だけは。
――――どうか許してほしいと、思った。
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