第22話 再会①
――――重たいまぶたを持ち上げると、一面の花畑が広がっていた。
色とりどりの花々が咲き溢れていて、本当にきれいだった。
わたしは花の香りに包まれながら、少しの間呆然と瞬きを繰り返していた。
「…………どこだろう、ここ」
そう呟きながら、わたしはゆっくりと立ち上がる。
何か手掛かりを求めるために、歩き出そうかと思ったとき。
「――――目を覚ましたのですね、ミナミ」
背後から、そんな声を掛けられる。
懐かしい響きの名前に、思わず目を見張った。
「いや……今は、サクレーミュと呼んだ方がいいのかしら」
恐る恐る、振り向く。
そこに佇んでいたのは、膝の辺りまで伸びた薄茶色の長髪と、美しい銀色の瞳が印象的な女性だった。
真っ白なワンピースを着ていて、纏っている雰囲気はどこか、この世のものではない感じがした。
「…………誰、ですか?」
「……やはり、忘れてしまったままなのですね」
女性は、少し寂しそうに微笑んだ。
それから、桜色の唇を開く。
「私は、テレーディア。運命を司る女神です」
「め、女神、ですか……!?」
「はい。……こうしてまた、貴女とお話しする機会に恵まれてよかった。立ち話もなんですから、あちらのベンチでお話ししましょうか」
余りの驚きに、わたしは取り敢えず頷くことしかできなかった。
*・*・
わたしはテレーディアさんと、真っ白なベンチに並んで座っていた。
テレーディアさんが、優しく微笑みかけてくれる。
「ここ、落ち着くでしょう?」
「そうですね……何だかすごく、居心地がいいです」
「ふふ、よかった。十八年前の貴女も、そう言っていました」
「十八年前の、わたしも……」
そうですよ、とテレーディアさんは頷いた。
「そのときの貴女はまだ、
「そう、だったんですか」
「ええ。けれど貴女は、そこで輪廻を終わらせることをしませんでした。もう一度生きたい、と私へ告げたのです」
どこか懐かしそうに、テレーディアさんは語る。
わたしは、一つの問いを口にした。
「つまり……わたしをサクレーミュとして生まれ変わらせてくれたのが、あなただったということですか?」
「ええ、そうですよ。それが、運命を司る女神である私の役目ですから」
テレーディアさんは、柔らかく微笑う。
それから少し困ったような表情を浮かべると、わたしの顔を覗き込んだ。
「……想定外だったのは貴女が、生まれ変わるときに心の奥深くに閉ざされたはずの、前世の記憶を鮮明に思い出してしまったこと。そして、私との記憶は殆ど思い出さなかったこと。そのせいで、貴女には随分と辛い思いをさせてしまったようですね」
「辛い思い、ですか……?」
「ええ。サクレーミュ、貴女は今貴女が生きている世界について、大きな誤解をしているのですよ」
「大きな誤解……?」
「はい。……貴女のいる世界は、誰かの二次的な創作によって生み出された世界ではなく、もっと単純な
「……え」
テレーディアさんの言葉を、すぐには理解できなかった。
それを察してくれたようで、テレーディアさんは説明を続ける。
「一つの世界には数え切れないほどの
「え……つ、つまり、」
「はい。ゲームの中ではヒーローとして登場していた方々の性的指向も特に変わっていないため、男性のユキミは恋愛対象から外されているでしょうね」
提示された事実に、わたしは少しの間言葉を失ってしまう。
「そ、それじゃあ……」
「はい」
「わ、わたしはユキミさんを好きでいても、破滅しないってことですか……!?」
「ええ、基本は大丈夫だと思われますよ」
テレーディアさんは、そうやって優しく告げてくれた。
全身の力が抜けていくような心地がする。
「そっか、そうなんですね……よかった……本当に、よかったです……」
「ふふ、おめでとうございます。……ただ、気を付けた方がいいこともあると思います」
「え? な、何ですか?」
「元の世界でサクレーミュが破滅したのは、実は殆どがユキミへの恋心を持ったヒーローの方々の根回しなんです。今の世界でも、貴女やユキミと彼等の運命の糸は複雑に絡み合っているので、今後出会うことは避けられないでしょう。何らかの形で彼等の逆鱗に触れることのないようにしてくださいね……あっさり破滅してしまいますから」
「ひゃ、ひゃあ〜!」
提示された新たな恐怖に、わたしは思わずのけぞった。
「貴女はゲームの知識もありますし、何が破滅をもたらす出来事になるかもある程度わかっているかと思いますが、私はすぐ暴走するユキミのことが心配です。彼が破滅しないように、ちゃんとコントロールしてあげてくださいね」
「が、頑張ります……!」
「ふふ、その心意気ですよ」
テレーディアさんが、穏やかな拍手をしてくれる。
そこでわたしは、ふと一つの疑問を思い出した。
「あれっ、というかそもそも、どうしてわたしは今ここにいるんですか……!? くもりぞらさんは、ユキミさんは!?」
「ああ、貴女、川で溺れて生死の境を彷徨っているのですよ。なので、ここに呼ぶことができたのです」
「えっ、えええっ、ええ〜!?」
「ご安心ください、そろそろ向こうで意識を取り戻せそうな頃ですから。そもそもここは時間の流れが遅いので、向こうでは意識を失ってから一分ほどしか経っていませんよ。……ところで、泳ぐのが苦手だというのに川に飛び込むのは蛮勇だと思います。反省してくださいね」
「はい…………」
しゅんとするわたしに、テレーディアさんがふふっと笑った。
それから、「そういえば」と言う。
「折角ここに来れたのですし、見て行きますか?」
「え……何を、ですか?」
「現在の日本の世界を、ですよ」
その言葉に、わたしは目を見開いた。
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