第7話 サクレーミュ⑤
わたしは、ねこさんが先程までいた辺りに腰を下ろし、ふうと息をつく。
「……気を取り直して、考えなくちゃ。わたしが、これから『サクレーミュ』として、何をしたいか……」
目を閉じて、うんうんと唸りながら、色々と思考を巡らせてみる。
「甘いものを沢山食べたい」とか、「沢山のねこさんと仲良くなりたい」とか、そういう考えはすぐに浮かんだけれど、何だかちょっと違うような気がした。
何というか、もっと……大きな目標、みたいなものが欲しい。
やがて、わたしの頭の中に、ふっと一つの単語が降りてくる。
――――恋愛。
それはきっと、百合葉さんがわたしに『菓子屋ユキルルーアの恋物語』をおすすめしてくれた、切っ掛けで。
そして、わたしが今までの人生で、知りたいと思いながらも、知ることができなかった感情でもあった。
「うーん…………確かに頑張りたくはあるけれど…………」
腕を組みながら悩んでいると、ある重要な事実を思い出す。
「いっ、いや、だめだ! そういえばわたし、悪役令嬢というポジションにいるんだった……!」
うっかり忘れていた。
悪役令嬢であるわたしが恋愛を頑張るとどうなるか、ゲームのエンディングで沢山目にしたじゃないか。
王太子シジェンシアさん(優しく品があり、からかい上手。結構独占欲強め)ルートでは、行き過ぎた嫌がらせが問題視されて国外追放され。
騎士リージュサルトさん(クーデレ、というやつらしい。百合葉さんの推し)ルートでは、頭を打ったことで記憶喪失になってしまい。
侯爵子息マルルゾンさん(中性的な見た目をしている。言動も可愛い感じ)ルートでは、鯨に攫われてどこかの無人島に漂流する羽目になり。
それ以外の人のルートでも、様々な破滅エンドが待ち受けていた。
わたしは思わず、ぶるっと震える。
「は、破滅はしたくない……! 既に一度、交通事故に遭って破滅しているようなものなのに……! うん、よし、恋愛はやっぱりやめておこう」
ひとり頷いて、わたしはまた考え始める。
そこでふと、思った。
恋人はつくらないにしても、友人はいた方が楽しいのではないか……と。
これだけ家に篭もりっぱなしだったというのに、友人が様子を見に来てくれたりというようなイベントは全くなかった。ということは、現在この世界に、わたしの友人は特にいないのだろう。
元々人と接することが好きな気質なので、折角ならこの世界にも友人が欲しい気がした。
「……はっ。あんまり意識していなかったけれど、ゲームの中に存在したヌールゼンさんがちゃんといたということは……甘党ヒーローさんたちやユキミさんも、実在するってことだよね……!?」
わたしは、目を見張る。
銀色の長髪と青色の瞳がとてもきれいだった、推しであるユキミさんのことをありありと思い出して……思わずわたしは、ばっと立ち上がった。
思い付いた「目標」を、心から零すかのように口にする。
「――――ユキミさんと、お友達になりたい……!」
*・*・
目標を決めたわたしは、テラントディール侯爵家に戻ってきた。
庭園の帰り道で気が付いたのだけれど、ユキミさんと仲良くなることにはこんないい側面もあった。
それは、「破滅エンドを回避できる可能性が上がる」ということだ。
サクレーミュさんが原作で破滅してしまうのは、ユキミさんの恋を邪魔しようとしたからだ。
なので逆に、ユキミさんの恋を応援する立場になれば、穏やかな人生を歩むことができるのではないかと思ったのだ。
わたしは広い家の中を少しの間彷徨って、やっとヌールゼンさんを見つける。
彼もわたしに気が付いたようで、優しく手を振ってくれた。
「お帰りなさい、お嬢様。お散歩はどうでしたか?」
「いい感じでした。あ、あのっ」
「…………? どうかなさいましたか?」
首を傾げたヌールゼンさんに、わたしは一つのお願いを口にする。
「今から、菓子屋ユキルルーアに行きたいんです!」
わたしの言葉に、ヌールゼンさんは淡い紫色の目を少しだけ見開いた。
「菓子屋ユキルルーアに、ですか?」
「はい! えっと、ご存知ですか……?」
「ええ、勿論知っていますとも。昨日お嬢様にお出ししたブルーベリータルトも、実はユキルルーアから取り寄せたものだったのですよ」
「え! そ、そうだったんですか……!」
「ええ。この町では一、二を争う人気の菓子店ですからね」
ヌールゼンさんは、そう言って微笑んだ。
思わぬところで邂逅していたことを知り、わたしの心の中は驚きでいっぱいだった。
「少し遠くにあるので、馬車で行きましょうか。楽しみですね、お嬢様」
「はい、とっても!」
わたしとヌールゼンさんは、微笑み合う。
これから待ち受けているであろう出会いに、期待で胸が膨らんだ。
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