第6話 サクレーミュ④
わたしはゆっくりと、目を覚ます。
カーテンの隙間から、白い光が差し込んでいた。
枕元に置かれている時計を確認すると、朝の九時を迎える頃のようだった。
わたしは、昨日のヌールゼンさんとのやり取りを思い出す。
……いつもならこのまま、再び優しい夢の世界へ旅立つために、お布団にくるまり直すところだけれど。
――――もう、そうしてばかりいるのは、やめようと思った。
わたしはベッドから出て、一歩、また一歩と歩いていく。
それからカーテンに両手を掛けて、ばっと開いた。
眩しい朝の光に、思わず目が細まる。
視界に広がるのは、異国情緒溢れる美しい町並み。
わたしは一瞬唇を噛んで、そして前を向いて微笑んだ。
大好きだったあの人たちへ届くといいなと思いながら、言葉を紡ぐ。
「……急にいなくなって、ごめんなさい。今まで、本当にありがとう。……わたし、この世界で、幸せに過ごしてみせるから。だから、心配しないでね」
言い終えたとき、鳥の美しいさえずりが聞こえた。
わたしは少しの間、どこまでも広がる青い空を見つめ続けていた。
*・*・
わたしは一人で、テラントディール侯爵家を囲むように広がる庭園をお散歩していた。
ゲームをプレイしていたときは意識していなかったけれど、サクレーミュさんの苗字はテラントディールというらしい。何だかおしゃれで、これが今後の自分の名前になると思うと、少しむず痒いような気がする。
「ん〜、でも、『テラ』から始まるということは、寺田さんとか寺島さんとかと同じジャンルと考えることもできるかな……? そう考えると、ちょっと馴染んできたかもしれない……」
ひとりごちながら、わたしは大きく伸びをした。
「というか、そんなことより。早く、ゆっくり考え事をできるスポットを探さなきゃだよね……」
わたしはひとり頷いて、視線を彷徨わせながら歩き続ける。
ヌールゼンさんに許可を取って、庭園に来たのには訳があった。
これから「サクレーミュ」として生きていく上で、自分が何をしたいかを明確にしてみようと思ったのだ。
そういう目標みたいなものがあると、新しく始まった人生を頑張ろうという気持ちがより強まりそうな予感がする。そして、そのような考え事に向いているのは、家の中よりも家の外なのではないかと感じていた。
「お日さまをしっかり浴びた方が、前向きな気持ちで色々考えられそうだし……はっ」
わたしは、ぴたりと立ち止まった。
視界の先に、円形の芝生の広場がある。
あそこなら、寝転がりながらのんびりと考えを膨らませることができそうだ。
わたしは小走りで、芝生の方へと向かう。
ふと、何やら先客がいることに気が付いた。
「…………? ……はっ! あ、あれは、もしかして……」
そう呟きながら、スピードを落としてそろりそろりと歩く。
そして、ついに先客の前に辿り着いた。
「も、もふもふのねこさんだ…………!」
わたしは、目の前ですやすやと眠っているねこさんに、思わず感動してしまう。
言われてみれば確かに、ゲームの背景にねこさんが描かれていることが多かった。そのときは、ゲームをつくった人の中に猫派がいるのかなあ、気が合うかもしれないなあ、くらいにしか思わなかったけれど。
つまりこの世界には――数多のねこさんが、存在しているのかもしれない!
「ふふっ、だとしたら嬉しいなあ。……ちょ、ちょっとだけ、モフっても許されるかな……?」
そうやって葛藤していると、ねこさんが少しずつ目を開く。
起こしてしまっただろうか……そう、反省しかけたとき。
ねこさんがひっくり返って、お腹を見せながら「にゃあ〜」と鳴いた!
「え、えええっ……!? そんな、無防備すぎますよ……!」
わたしの言葉を理解した様子もなく、ねこさんは「にゃあにゃあ」と言いながら手足を揺らす。
わたしは思わず、両手で顔を覆った。
「か、可愛さが、留まるところを知らない……!」
ねこさんが不思議そうに、「にゃあ?」と鳴く。
こうなったら、モフるしかない……そう思って、わたしが手を顔から離すと。
どこかへ歩いて行く、ねこさんの後ろ姿が目に入った。
「チャ、チャンスを逃してしまった…………」
肩を落としたわたしを気にした様子もなく、ねこさんが遠ざかっていく。
乙女ゲームの世界といえど、ねこさんの自由気ままさは共通のようだ。
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