第8話 ユキミ①
まばゆい金色の派手な馬車に、ヌールゼンさんと御者さんと乗ること二十分ほど。
ついにわたしたちは、「菓子屋ユキルルーア」に到着した。
お店の外観は、ゲームをプレイしたときに見たものとそっくりで、何だか感動してしまった。
紺色を基調としていて、透明な窓からは店内の様子が窺える。
看板の文字は日本語ではなかったけれど、すっと「菓子屋ユキルルーア」と理解することができた。記憶はなくしてしまったけれど、どうやら文字を読むといった知識の方は引き継げているみたいだ。
そういえば、文字は異なっていても、皆が話している言葉はどう考えても日本語だ。そういうところは、乙女ゲームの世界という感じがするかもしれない。
わたしとヌールゼンさんは、御者さんにお礼を言って馬車から降りる。
ヌールゼンさんが、わたしへと柔らかく微笑いかけてくれた。
「こちらですよ、お嬢様。欲しいお菓子がありましたら、遠慮なく爺にお申し付けくださいね」
「……えっと、それもすごく魅力的なんですが、実は今日は別の目的がありまして……!」
「別の目的、ですか……?」
わたしは、不思議そうに瞬きを繰り返しているヌールゼンさんを見据えた。
「その、ここのお店に、『ユキミさん』という方っていませんか?」
「ああ、ユキミ様ですか? はい、いらっしゃいますよ、お嬢様と同い年の。以前お嬢様にお話ししたときは全くご興味がなさそうでしたが、覚えていてくださったのですね……」
ヌールゼンさんはそう言って、顔を綻ばせる。
彼からユキミさんの話を聞いた覚えはないので、恐らくわたしが前世を思い出す前の話だろう。少し良心が痛んだが、ヌールゼンさんの言葉を否定すると話がややこしくなってしまいそうだったので、ここは乗っからせてもらうことにした。
「そうなんです。それで、実はわたし……ユキミさんとお友達になりたくて」
「本当ですか! お嬢様にご友人ができるとなれば、爺も大変嬉しいです。それでは、今ユキミ様がいらっしゃるか尋ねに行きましょうか」
「そうします!」
ヌールゼンさんが、そっと手を差し出してくれる。
わたしは彼の手を握った。温かな体温が伝わってきて、勇気を分けてくれるかのようだった。
わたしは、ヌールゼンさんと一緒に歩き出す。
ヌールゼンさんが、菓子屋ユキルルーアの扉を開いた。
――――そこに広がっていたのは、白と焦げ茶色を基調とした店内と、陳列された美味しそうなお菓子の数々。
ほのかな甘い香りがして、思わず深く息を吸い込んだ。
ケーキ、クッキー、チョコレート、マドレーヌ、フィナンシェ、カヌレ、マカロン、キャンディー――そんな様々なお菓子が並んでいて、どれも味わってみたくなってしまう。
「いらっしゃいませ!」
お菓子に目を奪われていたわたしは、そう声を掛けられて少しだけびくっとしてしまった。
声のした方を見ると、そこには銀色の長髪をポニーテールにした女性が立っている。
間違いない……ゲームにも何度も登場していた、ユキミさんのお母さんのルルさんだ!
立ち尽くしているわたしに代わって、ヌールゼンさんがルルさんに話し掛けてくれる。
「こんにちは」
「こんにちは! いつもご贔屓にしてくださって、本当にありがとうございますー! 本日はサクレーミュさんもご一緒なんですね」
「いえいえ、こちらこそ。そうなのです……実はお嬢様が、ユキミ様と仲良くなりたいそうで」
「あらっ、本当ですか! すっごく嬉しいです、うちの子友達全然いなくて……ちょっと呼んできますので、少々お待ちくださいね!」
ルルさんは素敵な笑顔を振り撒いてから、お店の奥へと消えてゆく。
遠くから聞こえてくる「ちょっと、ユキミー! こっち来てー!」という声を聞きながら、わたしはヌールゼンさんの手を少し強く握った。
「どうかされましたか、お嬢様?」
「その……ちょっぴり、緊張しちゃって」
「ふふ、そうなのですね。大丈夫ですよ、お嬢様は素晴らしい子ですから、きっと仲良くなれます。爺が保証しますよ」
「うう、ありがとうございます……」
ヌールゼンさんの言葉に、少し安堵できたのがわかった。
昨日の公園での出来事といい、ヌールゼンさんには感謝してもし切れないなと思う。
やがて、ルルさんが戻ってきた。
彼女の後ろには、何やら人影が隠れている。
「お待たせいたしました! ……ほら、ユキミ。ちゃんとサクレーミュさんにご挨拶しようね」
ルルさんがそう言うと、隠れていた人影がゆっくりと出てきた。
ショートカットに整えられた銀色の髪と、どこか眠たげな真っ青の瞳、雪を想わせる白い肌――――
――――幼少期のユキミさんは、とてもきれいだった。
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