第9話 ユキミ②

 わたしとユキミさんの目が、合う。

 ユキミさんが、薄い色合いの唇を開いた。


「…………こんにちはです」


 少し低めで、落ち着いた声色だった。

 原作のユキミさんは、主人公ということもあってか声が余り付いていなかったので、何だか新鮮だ。ちなみに、ヌールゼンさんやルルさんは殆ど原作通りの声なので、すごく響きが美しい。流石乙女ゲームの世界だ。


 取り敢えずわたしも、挨拶をしなくては。


「こっ、こんにちは、ユキミさん……!」


 わたしの言葉に、ユキミさんは軽く頭を下げてくれる。

 何だか……感動的だ。

 推しが実際に目の前に現れ、こうして話す機会が来るだなんて、ゲームをプレイしていた頃は全く思っていなかった。

 それと、幼少期のユキミさん、とっても可愛い。

 原作の腰くらいまでの長さのある長髪もよく似合っていたけれど、今のショートカットもすごく素敵だ。短い髪型が似合うのは顔が整っている証拠、ってどこかのネット記事でも読んだことがある気がする。流石ユキミさんだ。


 挨拶も済んだことだし、色々雑談をしてみようと思った。

 ユキミさんはまだ八歳だけれど、わたしは身体はともかく心は十八歳なのだから、年上として会話を先導しなくては……そう考えながら、小さく頷く。


「えっと、その……ユキミさんの銀色の髪、すっごくきれいですね……!」

「そうですか……?」

「うん、もう、すごく! わたし、こんなにきれいな銀髪、目にするの初めてです!」

「ユ、ユキミのかみは、よくあるぎんぱつだと思うんですが……」


 ユキミさんはそう言って、少し恥ずかしそうに目を伏せる。

 と、というか……!

 幼少期のユキミさんって、一人称が「ユキミ」なんだ……!

 か、可愛い……!

 原作の「私」も勿論似合っていたけれど、「ユキミ」もすごく可愛い……!


 思わずにやけそうになってしまうのを何とか堪えながら、わたしは口を開いた。


「いやいや、そんなことないです! ずっと、きれいだなあ素敵だなあって思っていました、わたし!」

「ずっと、って……ユキミのこと、ずっと知っていたんですか?」


 ユキミさんが不思議そうに首を傾げる。

 はっ、しまった。

 どうやって誤魔化そう……。


「えっと……夢に、ユキミさんが出てきたんです!」

「ユキミがですか」

「そうです、そうです!」

「どんなゆめですか?」


 ユキミさんの眠たげな目が、少しばかり見開かれている。

 どうやら食い付いてくれたようだ。

 このチャンスにうまく乗っかろうと思って、わたしは夢の内容を即興でつくってみることにする。



「その…………ユキミさんと、数多のねこさんが、南国の島でフラダンスを踊っている夢です!」



 言い終えて、わたしは心の中で頷く。

 夢というものの「不思議感」を出しつつ、数多のねこさんを加えることで「癒し」も取り入れ、さらにユキミさんの登場という「ポイント」も押さえてみた。

 ばっちりな創作夢に、ユキミさんもしっかり納得してくれたはずだ……そう思って、わたしが彼女を見据えると。



「ふふ……あはははっ」



 ――――返ってきたのは、そんなユキミさんの笑い声で。


 今までは表情の乏しかった彼女が、そうやって笑っている姿は。

 思わず見惚れてしまうほどに、魅力的だった。


 ふと、わたしは、ヌールゼンさんとルルさんもくすくすと笑っていることに気が付く。

 あれ……もしかして、わたしの夢、ちょっと変だっただろうか?

 雪国でかまくらづくりの方が、よかっただろうか……。


 そんな風に悩み始めたわたしは、ユキミさんの「サクレーミュ、ですよね? 名前」という声ではっと我に返る。


「あ、わたしですか……? うん、そうですよ!」

「よかったです」


 ユキミさんは、そう言って微笑んで。

 それから、


「…………サクレーミュのようなおもしろい人は、ユキミにとって好ましいです」


 そんな言葉を、わたしに伝えてくれた。


 わたしはどうしようもなく、嬉しくなってしまう。

 勢いに任せて、彼女の手を握った。

 ユキミさんは驚いたように、目を見張る。

 わたしは勇気を出して、伝えた。


「あっ、あの! よければわたしと、お友達になってくれませんか……?」


 答えを待つ時間は、ちょっとどきどきしたけれど。

 優しいユキミさんは、すぐに返答をくれた。


「……ユキミでよければ、よろこんで」

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