第24話 サクレーミュとユキミ
――――唇に何か、柔らかいものが触れている気がした。
わたしは、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。
ユキミさんの顔が、すぐ近くにあった。
彼は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、「よかった……」と呟く。
彼の銀色の髪は濡れてしまっていて、いつもとは違うきれいさだった。
「なあー」
声がして、わたしは寝そべったまま隣を見た。
そこには、びしょ濡れのくもりぞらさんがいる。
「なあ、なあ」
くもりぞらさんが、わたしの頬へとすり寄ってくる。
愛おしくて、思わず微笑んでしまった。
わたしは、のろのろと上体を起こす。
数度大きな咳が出て、胸の辺りを押さえた。
「大丈夫ですか、サク……!」
「うん……だい、じょうぶ。ごめんね、心配かけちゃったよね」
「いえ、謝らないでください……俺の方こそ、すみません」
「…………? 何で、ユキミさんが謝るの?」
「……命の危機とはいえ、許可も得ずに、貴女の唇に触れてしまったからです。本当に、すみません……」
そう言って、ユキミさんは俯いた。
――――優しい人だ。
そしてどうしようもなく、
愛おしい人だ――――
……気付けばわたしは、ユキミさんにキスしていた。
唇と唇が触れ合うだけの、淡いくちづけだった。
それなのに。
心の奥深くから、幸せだと思った。
ユキミさんから、唇を離す。
彼は呆然と、わたしのことを見つめていて。
「わたし、ユキミさんのことが好き」
そんな言葉を伝えたら、ユキミさんはさらに呆然としてしまった。
彼のそんな表情がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「…………その、すきというのは、『隙がある』の隙ですか?」
「えっ!? 違うよ!?」
「では、『透き通った』の透きですか?」
「それも、違うよ〜!?」
「…………だって、こんなの、俺の望み通りすぎて……もしかしたら俺は今夢の中なのかもしれません……やはりほっぺたをもぎ取らなくてはいけな」
言葉を塞ぐかのように、わたしはもう一度ユキミさんへとキスをした。
彼の唇は、ちょっとだけかさりとしていて、でもとても……柔らかかった。
そっと離して、微笑む。
「――――夢じゃないよ」
ユキミさんは、少しの間固まっていた。
それから、ぎゅっと、わたしのことを抱きしめた。
温かかった。
昔の記憶を、思い出した。
クッキーを焦がしてしまって、雨の中泣いていたユキミさん。
あの頃よりもずっと大きな身体に、わたしは包まれていた。
「…………俺も、貴女が好きです」
「うん」
「ずっと、サクだけを想い続けてきました。貴女を愛する気持ちなら、今もこれからも、誰にも負けません。生涯、サクだけを愛し続けます。ずっと、永遠に」
「ふふ、嬉しいな」
「…………大好きです、サク」
そう言って、彼は一瞬の躊躇いを見せてから、わたしにくちづけをした。
舌が絡む。
ユキミさんの唾液は、ほのかに甘かった。
わたしたちは、何度も、何度もキスをした――――
【第2章 花雹祭と再会 fin.】
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